悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2017©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

核の傷:肥田舜太郎医師と内部被曝

※(併映『311以降を生きる:肥田舜太郎医師講演より』)

予告編を観て気になっていたんです。広島の原爆を体験した内科医師である肥田医師が、どのような気持ちでこれまで向き合ってきたのか、また、映画としてそれがどう描かれているのかが。

想定以上に、僕の心の奥にある「何か」が激しく揺さぶられ、ぐさっと鋭利なもので突き刺されました。内部被曝は口から肺へ、食料や飲料から胃へと入り、徐々に体を蝕んでいくとのことなのですが、検査をしても現在の医学では健康としか結果は出ないそうです。でも、内部被曝は存在する。僕達も、日々の生活の中で放射能ではない「何か」によって徐々に体、そして心が蝕まれていってるんだなっていうのを、再認識させられました。したくなかったんですけどね……。だって、めんどいんだもん、それを認識しちゃうってことは。

映画は、肥田医師を通して広島の原爆投下から現在までの状況を見つめ、それらの状況から逆に肥田医師を見つめる形で進みます。米国も日本も、最終的にはお金というものを大事にして人を大事にせず、責任を放棄しているという状況が、戦争が終わって60年以上も経った現在でも続けられているという事実と、それに挑み続ける(という表現が正しくはないのですが)肥田医師の活動という事実を、乾いたタッチというか、出来る限り客観的に、出来事と肥田医師の現在の瞬間を捉えようとしています。

予告編を観て一番危惧していた日本版ナレーションなのですが、かなり下手過ぎて、最初はおいおいって思ってたんですが、その未熟さが、映画が進むにつれてなんか妙にマッチしてきたというか、映画が描き出す事実に符合し、融合していってるように錯覚しました。僕達が未熟だから、こういう事実がまだ現実なんだってことを突きつけられているかのように。

こんなことは書きたくはないのですが、これは、本当にたくさんの人に観て欲しいと思った映画です。というか、観ないといけない、とまで言い切ります。

肥田医師は、それぞれが自分の命を守る時代になったとおっしゃられていました。僕は、それぞれが自分自身を守りつつも協力しあってお互いを守ることも大切だと思います。そして、この映画は、考えること、行動すること、それも大切なことなんだよっていうメッセージを発信しているんだなと思いました。

あれ、今回、ごっつ真面目に感想書いてるぞ。おかしい。どうしたんや、僕……。