悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2017©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

新しい選択肢なだけなのに

現実(リアル)とネットという区別ではなくて、現実(リアル)の中に、実際に会う、ネットで会う、という選択肢が出来ただけなんだと思うんだけどな。繋がり方、接し方は人それぞれだと思うし、今までは、それがほぼ一つに限定されていたから、未だ新しいやり方に馴染めないだけなんだと思う。人も社会も思考も。

だから、実際に会ってみないとっていう発想になっちゃうのかもしれない。実際に会わない方が双方にとってよりよい関係を築けるかもしれないじゃないですか。

ネットで知り合ったとして、最終的なゴールは実際に出会うこと、なんていうのは思考停止もいいところなような気がします。結構、ネットのオフ会をやっちゃう僕が言えることではないかもしれないけど(爆)。

確かに、僕は思考停止しちゃってて、実際に会わないと本当の知り合い、友人とは言えない、なんてことも思ってたよな、と。

言い訳すると、僕の場合は、ネットを通じて文章でやり取りするよりも、実際に会って話をした方が手っ取り早いという思考にどうしてもなっちゃうということからなんだけど。それって、そういう思考しかない中で人格を形成してきた人間の限界でもあるのかなと。

もう生まれた頃からネットが普通にある世代は、ネットだけの繋がり方、接し方なんて当たり前になるのかもしれない。昔だって、文通(恋人同士とかじゃなくても)だけの繋がりってあったでしょ?

現実とネットの関係性だけに限らず思うことは、新しい選択肢なだけなのに、それは何かに置き換わるものだっていう思考になりがちなんじゃないでしょうか。そういう場合もあるやろけど、そうじゃない場合もあるでしょう?と。

僕の場合も、ネットだけでの知り合いの方がよかったなとか、ネット上での方が関係性を築き易かったなとかっていう人もいますしね。逆に、実際に会った方がより親しくなれたっていう人もいますし。

本を例としても、今までは紙で作られた物しかなかったのが、電子媒体という選択肢が出来ただけで、どちらを選ぶかはステークホルダー次第でしょう。新しい選択肢に対応出来ない企業等が、新しい選択肢に対抗しないといけないとか、新しい選択肢を潰さないといけないという発想に陥っててステークホルダーを振り回してるだけなような気がします。

昔から本をたくさん読んでいる人は、紙で作られた物の方が馴染みもあるだろうし、安心もするだろうし。だからと言って、新しい選択肢はダメだっていう理由にはならないですよね。いやいや、ダメだっていう理由にしちゃいけないですよね。

状況によって、どちらかの選択肢を社会全体で選ばないといけないということはあるでしょうけどね(企業等のエゴは除く)。

新しい選択肢を簡単に受容出来ないというのは、企業依存の社会の大きな問題点なんでしょう。