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悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2016©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

マジック・マイク

ちょっとネタバレしてます。disってはないと思います。



予告編で「夢を叶えた男の”実話”に基づいた物語」とテロップが出ていて、実録もの(意味が違う)かと思っていたら、「主演 チャニング・テイタムの実話に基づいたサクセスストーリー」ともテロップが出て、ほへー、本人が本人役で出るのかよーってビックリし、男性ストリップの場面が何故か楽しく(ボクはその気はありません)感じられたので、これは是非観なければということで、早速突撃してきました。

「ハリウッドで夢を掴んだのか」っていうテロップも予告編で出ていたので、チャニング・テイタムが俳優になる前にやっていたストリッパーの仕事から、ハリウッドで成り上がる前までを描いた映画なんかな、なんて思っていたら、全く違いました(笑)。ハリウッドのハの字も出てきませんし、チャニング・テイタムの実話とかじゃありませんからねー。目指すのはハリウッドじゃなくて、マイマミだし。

チャニング・テイタムは確かに昔はストリッパーをやっていたそうですが、この映画は、彼のその経験にインスパイアされて作られたオリジナルストーリーだそうです。勿論、実際にあったこととかは脚色して入れてると思いますが、それはどんな映画でもあることですからねー。

またもや、マコノヒーさんが主要な役で出演していますが、初っ端から既に全開のマコノヒーさんが登場ということでぶったまげました。つか、全編通じて、マコノヒーさんを楽しむ映画だったのかもしれません。締めもマコノヒーさんの作った歌ですからね……。

中盤くらいまで、チャニング・テイタム演じるマジック・マイクは主人公というよりも、アレックス・ペティファー演じるキッドの師匠であり、兄であり、父であり、親友であるっていう役回りで、キッドが主人公のように展開します。中盤以降、やっとマジック・マイクに焦点が当てられ出すのですが、どうもしっくりとこないんですよね。キッドを主人公的な扱いで引っ張り過ぎだったように思えました。

ただ、それは、恐らく、マジック・マイクの置かれている環境、「虚構の上にあるだけの信じるもの」を描く手段だったんではないかと思ったのです。マジック・マイクは、ストリッパーの中のエースであり、一番稼いでいて、人気があり、しかもマコノヒーさんからマイアミに移転したら共同経営者にしてやるよっていう含みのあることまで言われて、右腕ともて囃されています。自分が世界の中心、少なくとも自分の生活している世界の中心にはいると信じ込んでいたのに、実はそれは単なる虚構の上の出来事でしかなかった、っていう描き方をされていることからです。

薄々はそれに感付いていて、でも、目の前にあることだけが真実だと思い込みたかった、そんなマジック・マイクの気持ちを観客に提示するには、最初からマジック・マイクを全開で扱うわけにはいかなったんじゃないかな、と。

自分でも笑顔になってるなってわかるくらい、全編通じて結構楽しみながら観ていたのですが、ずっと絶望というか、深い哀しみというか、諦念というか、そういった負の感情が、ムズムズと心にどっかりとのしかかっていたのです。ほんとに不思議な気持ちでした。

ただ、それが、最後の場面、あの最後の一場面で、スカっと晴れたんですよね。ほんの小さな希望、明日にでもなくなるようなくらいの、ふとしたことで消え去るくらいの希望、いや、日常の延長の風景なのに。

そんな気持ちになれただけで、この映画を観てよかったと思えました。

あとね、マコノヒーさんとチャニングさんとペティファーさんとナッシュさん(とその他大勢の雄)のお尻も拝めますよ(拝みたくはなかった……)。ナッシュさんのストリップ場面で、ナッシュさんがやる気がないのか、そういう演出だったのか、単に踊りが下手なだけだったのかわからないのが、不穏な空気を増長させてましたね。