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悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2016©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

映画の観方の変遷

以前に書いていたブログに、ボクの映画の観方の変遷みたいなものがあったので、追記修正して掲載します。

ボクは小学校低学年の頃に映画が大好きになりました。小学生当時は、主に好きだったのはアクション、ホラー、SFといったところでしたが、中学生になると、自分で言うのもどうかと思うくらいオールラウンダーになりました。ジャンルというものに縛られるのではなく、自分の好きなものに縛られるようになった。と少しだけ格好つけて言ってみます。

オールラウンダーになった下地は、サンテレビの午後の洋画劇場の節操のなさ(笑)も大きな要因だと思います。また、映画館でも映画は観ていたけど、まだまだ小学生時代には気軽にいけないということもあって(保護者同伴じゃないと厳しい)、テレビでの鑑賞も多く、映画の中の細かいジャンルではなくて、映画を一つの大きなジャンルとして捉えていたっていうのもあるのではないかと、今は思い返しています。

中学生のころから、兎に角映画を観るのが一番の楽しみになりました。まだまだビデオも普及していないし、レンタルビデオ店(今やレンタルDVD店やけど)もない時代。そういった環境からか、中学生になると、一人でも気軽に映画館に行けるようになったこともあり、映画館で映画を観るという行為自体も好きになっていきました。

映画館に行くと、新作や大作とかの一番館での公開でも、今のシネコンのような入替制というのは余程混んでいる時くらいしかなく、生まれた時から貧乏性だったボクは、折角高いお金を払ってるのだからということで、最初の上映から最後の上映まで喰い入るようにスクリーンを見つめていました。

何度か観ると決めた場合、最初は全体像をなるだけ把握しよう、ストーリーを把握しようという目的で観ました。二回目は気になったところ、人物の相関関係というところを重点的に観ました。三回目は、好きなキャラがいたら、そのキャラに感情移入して観たりというように、テーマを持って映画に臨んでいました(大袈裟かw)。

座る席も変えてみたりしました。一番前、一番後、真ん中、端っこ。映画館で映画を観るということは、ボクにとっては一大イベントでした。

でも、友人とかと連れ立って行くのは嫌でした。一人で観たかったのです。我侭な見方をしていたというのもあるのですが、自分の中だけで映画を完結させたかったのです。一緒に観た者 同士の意見を交わすことが嫌だったわけではなく、映画を観た後の余韻も一人で楽しみたかったというのが大きな理由です。

いつの頃からか、映画を観る行為、楽しみで観ていた自分流のやり方が、勝手に自分の中で義務化されてしまって、勝手に苦痛へと変わってしまっていました。

その原因、というか下地は高校生の頃に出来たのだろうと思います。中学生までは、純粋に映画ファンとして、観客という視点でしか映画を観ていなかったのですが、高校生になった頃、ボクは映画を作ること(映画と言うレベルではないかもしれないけど)を始めてしまいました。レベルは段違いですが、制作者という視点がボクの中に 注入されたのです。そのことで恐らく無意識下で映画に対する見方、接し方が徐々に変化してしまったのではないかと思います。

それから数年間のうちに色々あって、映画を観ることも、映画を作ることにも疲れてしまいました。そして、映画館で映画を観なくなってしまいました。久しぶりに映画館で映画を観た時には、シネコンの存在していて驚きました。

今はボクの心の中に勝手に作っていた映画への壁が、いつの間にか勝手に壊れていて、以前とは別の接し方、楽しみ方で観ることが出来ているように思えます。

映画をどうやって観るかは、その時の気分によります。全体像を観るっていうことが多いのですが、細かいとこ気にする時もあれば、全く気にしない時もあります。キャラクターに注力(感情移入等)して観ることもありますし。

少なくとも、昔とはスタンスは違いますが、スケジュールを立てる、映画館に行く、映画を観る、映画の感想を少し書くというプロセスが楽しいので、当分はまだ映画館に映画を観に行くだろうなと思います。