悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

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バトルフロント

ステイハゲ級のネタバレかまして、disってます。




 ステイハゲ主演の少し前に公開された『ハミングバード』は、悪くはない映画だったけど、ステイハゲがやる必然性が見当たらなくて、役者としてのステイハゲの成長(というか、幅を広げるというか)はあったかもしれないけど、ステイハゲにはそんなの望んでないやろうという観客との意識のズレが致命的でしたが、今回は、予告編を観ていて、観客が求めるステイハゲに戻ってるみたいなので、結構期待しておりました。

 初っ端から、おでこは後退してるけどロン毛というステイハゲが時折見せる奥の手で、観客の心を攻めてくれます。ちょっとしたアクションもあり、掴みはよかったんです。

 ただ、このあと、お話は明後日の方向に彷徨うことになってしまいました……。それと、人物設定の煮詰め具合がね……。この映画の最大の弱点はそこだったように思います。ステイハゲもそうだし、敵側のラスボスであるフランコもそうだし。

 敵側のラスボスであるフランコが、途中でいきなり及び腰になるのって、映画としてはあんましよろしくないんじゃないかなぁ。ただでさえ、相手は現在最強の一角を占めるステイハゲなのに。ステイハゲだけじゃなく、セガール御大とドニー・イェンに立ち向かうには、相当の覚悟をしておかないとね。

 脚本はスタローンが書いていて、元々自分が主演で映画を作る気だったようですが、色々あって結局作る機会を逸してしまい、エクスペンダブルズのシリーズで共演しているステイハゲに脚本を読んでもらって、それが気に入ったステイハゲ(ステイハゲの本心は知らないw)に譲ったそうです。

 そういう経緯があるからなのか、どうも脚本に忠実に撮り過ぎたのか、演出が甘かったのか。脚本の段階ではよかったかもしれないけど、撮影した段階で、登場人物の設定の甘さや、展開の杜撰さが浮き上がってしまったように思えます。

 この映画、ステイハゲ、フランコウィノナ・ライダーとかの役者の魅力でなんとか、普通よりちょっと出来が悪いかな程度で納まってるっていうのが、端的な評価かなー。

 ステイハゲの役は元インターポールの潜入捜査官で、潜入先のギャングのボスである父とその息子にも情が芽生えていたみたいで、父親を逮捕することには成功しますが、息子は包囲した警官隊によって47発の銃弾をくらって他界しちゃいます。父親は、ステイハゲのせいで息子は死んだ、息子を殺したのはステイハゲだっていう、映画の中の悪役の基本的な考え方を忠実に守っています。
 ステイハゲは、息子を殺そうとまでは思っておらず、殺さずに捕まえようとしましたが適わず、その後恐らく配偶者も病気でなくなったことから、その事件から二年後、もうすぐ10歳になる娘を連れて、配偶者の生まれ故郷に、インターポールを辞めて移住します。

 娘は、ステイハゲが護身術(じゃないだろw)を教えているお陰で、いじめっ子男子(デブっちょ)をボコったりしますが、そのせいで、いじめっ子男子(デブっちょ)のラリってる母親と、その兄貴(字幕では兄になってましたが、実際は弟という設定のような気がします)から、ステイハゲ親子は狙われることになります。

 ラリってる母親の兄の役がフランコで、逝っちゃってる人物だけれども切れ者でもある、って設定だったと思うのですが、前述のように、段々と小物になっていくんですよ。そこまでやるつもりはなかったとか、かんとか。勿体ないですよ、フランコの起用が。彼を使う必然性なんて全くないと思いますよ……。

 ステイハゲもね、田舎でひっそりと暮らしたいのかと思ったら、あらまー、忍耐強くないんですよ(笑)。それに、自宅に鍵も掛けずに、部屋にはインターポール時代の自分の重要な資料を放置したままだし、フランコにそれをパクられても、映画が終わってもそのことには結局気付いてないし(爆)。

 つか、ほかにも色々と資料が置いてあったけど、いいのかよ、そんなことで、インターポールは。元職員だろうが何だろうが、勝手に資料を持ち出してたら犯罪やろが。

 まー、普通に考えれば、ステイハゲの相手は、田舎のDQNなラリッてる母親と、麻薬製造をこっそりとやってる兄っていうのでは、はなから勝負にはなりませんよね。そこで、冒頭のギャングのボスの仲間が殺す気満々で襲い掛かるわけですが、ステイハゲを足止めする程度なんですよね、それでも。

 ネコに気を取られて(←マジ)、フランコの仲間の田舎の腕力自慢おっさんにはちょっとタコられましたけどね、ステイハゲ。かわいいじゃん(pgr

 娘が護身術使える設定とかね、実は家庭環境がイヤで悶々としてるいじめっ子男子(デブっちょ)とかね、使えば面白いかもしれない色々な伏線はあるのに、それを華麗にスルーなんですよ。いや、伏線を回収しなあかんとかそんなんはないんですが、勿体ないなぁと。十分に入れる余地があったし、その方が盛り上がったように思うのですよ。

 その割には、唐突に(一応、娘の誕生日に息子が呼ばれるというフラグはありましたが)、DQNなラリってる母親は最後になんか改心して、娘を助けようとしてフランコに撃たれて死にかけるし。いや、この伏線こそいらんやろ。映画の中のDQNは最後までDQNでいろ。そして、惨めに始末されろ。

 ステイハゲの設定は、ちょっと抜けてて、娘一筋の割には学校の美人カウンセラーにはデレデレするし、行動力はあるんだろうけど肝心なところではのほほんとしてるし。過去を引き摺っているのかと思いきや、そうでもないみたいやし。元々掴みどころがないという人物設定ではなくて、結果的にそう見えてしまう登場人物に見えてしまったっていうのが問題なのですが、制作側は誰も気付いてないんだろうなー。