悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2024©りょんりょん) ※(主に)映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。ごめんなさい。

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プロミスト・ランド

微妙にネタバレしてるかも。disってはいますが、まー、しゃーないっしょ。




 シェールガス採掘を巡り、アメリカの田舎町(架空の場所です)で繰り広げられる、ガス採掘会社のセールスマン、環境保護団体、賛成派や反対派の行動を描いた映画です。

 予告編からは、悪徳ガス会社に騙される田舎の人々を、そのガス会社のセールスマンであるマット・デイモンが正義に目覚めて、その状況を救うという、よくあるお話のように見せかけていますが、実際は違います。

 ストーリー展開だけなら上記のとおりですが、実際のテーマは、自分の信じていたことがもし間違っていたらどうする?という問いかけです。少なくとも、ボクはそう捉えました。

 映画としては、シェールガスの採掘が実際に環境に悪影響なのかどうかというのは、終盤の環境保護団体の人が実は同じガス会社の人だったというカミングアウト(要はガス会社のマッチポンプだった)という展開の挿入により、悪影響な気がするという程度にまで濁されています。

 映画としての答えは、守銭奴になるな、お金(というか資本主義や産業主義)に踊らされるな、正しいかどうかをきちんと見極めろっていうことだとは思うのですが、それなら、もうちょっと明確に最後の答えを、この映画としてはこうだというのを示してもよかったのかもしれません。

 ここのところは、ある程度映画にも答え(その答えが正しいか正しくないかとは関係なく)を求めてしまうボクにとっては、ガクっとくるポイントでした。

 全体的には、性急に結果だけ(マット・デイモンの最後の選択)を示したくて、人の心の機敏や、訴えたいテーマがおざなりになってしまっていたという印象です。

 マット・デイモンはじめ、俳優陣は確かな演技を提供してくれているんですが、ステレオタイプな人物造形ばかりなので、演技力が勿体ないというか、滑稽な人物になってしまっていたように見えました。

 終盤の、体育館でのマット・デイモンと少女のレモネード売買にまつわるエピソードはよかったです。ただ、あれがマット・デイモンにとっての最後の思考の分岐点(この映画の要でもあります)だったので、冒頭の体育館以外でも伏線を仕込んでおけば、効果はもっとあったように思えます。

 観客に答えを委ねる映画って、どうしてもフラフラしてしまうものなのでしょうか。プラスして、人物描写や風景描写も深く踏み込むというものでもなかったため、悪い意味での相乗効果として、映画全体が信念もなくフラフラ飛んでしまったのではないでしょうか。

 マット・デイモンも、田舎の尻軽女なんかほっといて、もっと最初の自分の信念を貫き通して、世の中銭じゃーって突き進めばよかったのに。

 マット・デイモンはエリートの幹部候補生(劇中で部長になるけど)の割には、会社からも信用されてないし(すぐに代役送るしなんて言われるし)、やり方もスマートじゃないというか。まぁ、自分が信じ込んでる信念で動いてたから(結果的にはそれは間違っていたとしても)、数字も一緒に付いてきたっていう感じでしたけど。