悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2017©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

神は死んだのか

ネタバレしていますし、disってもいます。キリスト教勧誘映画でもあります。





無神論者の大学教授と、キリスト教徒の大学生が戦う法廷ものみたいな映画だと思っていたら、実は、キリスト教入信促進のための映画でした。企業でいうところの販促PRムービーと同じですね。 日本の某宗教団体もこういうの作ってたりしますよね。

単純に思想は無視して、映画全体としての出来栄えは、面白いところもあれば、とっちらかってまとまってないところもあり、及第点には少し及びませんでしたといったところでしょうか。

メインプロットは無神論者の大学教授対キリスト教徒の大学生なのですが、サブプロットを色々と注ぎ込んだ群像劇という体裁の作りとなっています。

それが最終的に一つのエピソード又はメインプロットに集約する訳でもなく、バンドのライブ演奏に登場人物が集結するという場面はありますが、その辺りを交通整理して絡めていたら、もう少し面白くなったかなと思いました。

結局、集約しない作りとするならば、お話が場面毎に切り替わっていくだけの展開になってるだけなので、盛り上がりがなくなってしまってるんですよね。

メインの登場人物は以下のとおりです(憶えている範囲でw)。
1.無神論者の大学教授(一応役者はトップクレジット)
2.キリスト教徒の大学生(一応主人公扱い)
3.キリスト教徒の大学生の彼女(途中で別れます)
4.無神論者の大学教授の講義を受講する中国からの留学生
5.20代後半の鼻が曲がってる女性ブロガー(インタビュアー)
6.アラフォーの女性ブロガーの彼氏兼無神論者の大学教授の義兄
7.無神論者の大学教授の元教え子でキリスト教徒の配偶者
8.聖職者
9.聖職者友人(多分こいつも聖職者)
10.父親が厳格なイスラム教徒なのにキリスト教徒に隠れてなっちゃった娘
11.ニュースボーイズ(バンド)

メインプロットは、上記にもあるように、日本での公開の売りにもしている無神論者の大学教授対キリスト教徒の大学生の戦いですが、サブプロットとして以下のエピソードがあります。

A.20代後半(かな)の女性ブロガー(突撃インタビュアー)がガンになったお話(付き合ってる会社の共同経営者になることになったアラフォーの男性に打ち明けたところ、振られてしまう)

B.アラフォー男性とその妹である無神論者の大学教授の元教え子で配偶者の二人の認知症の母親とのお話

C.聖職者(牧師? どっちだろ)とその友人(多分こちらも聖職者)のお話

D.イスラム教徒の家庭(中東出身)ながらも、家族に隠れてキリスト教徒になってしまった若い女性のお話

メインプロットのお話だけに絞りますが、無神論者の大学教授は、元々は母親と共にキリスト教徒だったのですが、12歳のときに母親が亡くなって以来、キリスト教というか、神というか、イエス・キリストを憎むようになって、無神論者の哲学教授になっていたのでした。

大学教授の元教え子でもある配偶者も未だキリスト教徒で、無神論者の大学教授はそれ故に上から目線で小馬鹿にしていましたが、そのことに配偶者が遂に切れて三行半を敢行。

大学教授は配偶者に戻ってきて欲しくて、配偶者が参加していると思われるバンドのライブ会場に向かう途中で、信号無視の車に轢き逃げされます。 (この信号無視の車って、義兄の車じゃないですよね)

その現場には聖職者がいて、最後に無神論を捨てて、再び神を信奉すれば救われると言い、無神論者の教授は無神論を撤回して神に縋りますが、そのまま亡くなっちゃいます。

これって、神を信じていなかった罰は与えられたけど、最後に改心したので、死んでからは天国に行くっていう、キリスト教の勝手な都合の押し付けですよね。

いえね、神を信じたけどあかんかったっていう含みを込めた批判かなとも思ったんですが、この映画では違うと思います。

無神論者の大学教授が、最後まで神を信じずに、最後の言葉は「ファックユー」で終わっていれば、ボクは諸手を挙げてこの映画を褒め称えたのですけどね。 残念です。