悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2017©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

マッドマックス 怒りのデス・ロード

正直、ここまで面白いとは期待してもいませんでした。ネタバレもありますし、disってもいますが、それはこのブログの趣旨ということで許してください。



3Dで鑑賞


 イマイチ予告編にノレず、スルーしようかなと思っていました。それに、過去のマッドマックス1と2を久々に観て、「あれれ、記憶よりも面白くなかったな」っていうのも、それに追い打ちをかけました。ただ、ツイッターでの評判がかなり良く、観なくて後悔するよりも観て後悔だよなと思い、突撃してきました。

 うん、面白かった。これは素晴らしいし、凄いですわ。過去のマッドマックスよりも過激度が増してるというか、過去の映画も本当はこういう感じで作りたかったのかな(特に2は)って思いました。

 それでも、個人的にどうなのよそれはっていう部分がありましたので、disってみます(笑)。

 相変わらずマックスが弱い。過去の映画においても、主人公補正ないよなって思ってたけど、この映画に限っては主人公でもありませんでした。クレジットも、『タワーリング・インフェルノ』形式で、シャーリーズ・セロンとのダブル主演ですよっていう出方ですし。

 マックスが主人公ではないっていうよりも、群像劇的に作られていたというのが正解かな。マックス、シャーリーズ・セロンニコラス・ホルト(最初、あんただって分からなかったっすよw)、イモータン・ジョー、そして女性達がメインキャラクターで、『仁義なき戦い』的に、一人のキャラクターの視点ではなくて、世界を映すという視点で作られていたなと感じています。『魔界転生』と『仁義なき戦い』の中間っぽい作り方というか。と考えると、深作欣二の影響もあるのかな。

 群像劇だったということもあるのですが、なんかマックスの存在感が薄かったというか。それに、どうしてもマックスと言えばメル・ギブソンを重ね合わせてしまうので、コレジャナイ感を払拭するまでに至らなかったのも、存在感を薄く感じた要因かもしれません。トム・ハーディの雰囲気や演技は申し分なかったです。ただ、ボクのマックス像にアジャストしなかっただけです。

 この映画、別にマッドマックスのリメイクです、リブートです、続編ですってしなくても良かったんじゃないでしょうか。って書いたら、元も子もないんでしょうけど。別に、マックス居なくても成立するし。マックスというキャラクターを無理やりねじ込んだようにも思えるんですよね。
 まぁ、もしそういう形で公開されても、「なんや、マッドマックスにそっくりやんけ」とか言われそうですけどね(笑)。

 インターセプターは、またひっくり返されてるし。活躍しないじゃん。過去の映画でもほとんど活躍してなかったですけどね。敵側の車に改造されてマックスを追撃しますが、結局はマックスも取り返さないし。愛着ないんかい(爆)。

 イモータン・ジョーって、今の社会の縮図として設定されてるのかな。飴と鞭の使い方とか。奴隷なのに、奴隷じゃないと思わせる統治手段とか。イモータン・ジョーは一応のラスボスですが、実はそんなに悪人ではないような気もします。映画のあの世界の中では特に。

 一旦、シャーリーズ・セロンの生まれ故郷に到着したときに、それまでイケイケだった映画のノリが落ち着いて、暫くしてまたノリがアップしていくのですが、かなりそれに体力を削られたというか。最初のノリのまま、ドドドドドって突き進んでくれた方がまだ良かったかもしれません。あくまでも、ボクの体力の問題ですが。

 それにしても、こんなに迫力のある映画はなかなかないですし、映画館映えするような映画だと思います。