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悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2016©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

ボーダーライン

かなりdisってますし、ネタバレもかましてます。





 視点の固定化に失敗した映画だったように思います。大きく分けると、主人公(エミリー・ブラント)と、嘆きの検察官(いいネーミング)と、メキシコの制服警官の視点があるのですが、前半から中盤はきちんと主人公の視点というもので固定されていて、それによって、張り詰めた空気感、緊迫感、そして乾いた風景が相まって、いい相乗効果をもたらしていたと思うのです。

 しかし、物語面での一応の終結をもたらすイベント(ラスボス的な人物の暗殺)を担っていたのは嘆きの検察官であり、物語を中盤あたりから終盤に向けて動かそうとしたときに、どうしても嘆きの検察官の側面を描く頻度が多くなり、結果、主人公の扱いがぞんざいになってしまったように思います。それによって物語の展開がどうにも平坦な形に見えてしまい、終盤に向けてかなりの失速をしてしまい、そのままダラっと駆け抜けて映画は終わったという印象となりました。

 メキシコの制服警官は、家庭ではサッカー好きな息子に優しい、どこにでもいる警官という描き方をしていて、そういう警官でもメキシコではヤクの運び屋をやっているんですよっていうことを提示するのはいいのですが、あまり画面に出てこないし、はっきり言って嘆きの検察官がラスボスの家に行くまでの道具扱いになるだけの需要に、視点を有する重要な立場の登場人物を出す必要があったのかどうか疑問です。

 もう一人、主人公の相棒男性がいるのですが、この人もいらなっちゃーいらないんですよね。何か主人公が大きく変わるようなきっかけを与えるわけでもないですし。

 映画としては、立場や環境等が全く違う登場人物の視点から麻薬カルテルの実態を通じて、現実世界を表現したかったため、比較対象としての幾つかの視点はほしかったことから、大きくは三つの視点を用意したんだと思うのです。群像劇とするのは方向が少し違ったんでしょう。

 もしかして、かなりカットされてしまって、結果的に視点がボヤけてしまうということになってしまったんだろうか。

 映画的な盛り上がりは、嘆きの検察官の過去(妻と娘がラスボス一味に殺される)が判明してからのその復讐劇となるのですが、それによって主人公は置いてけぼりという事態になるというのは、物語的なリアルさを求めるのか、映画としてのウソを盛って高揚させるのか、という選択で前者(よりかな)を選択したんでしょう。個人的には映画を観に行ってるので、映画としてのウソをついてほしかったです。

 トンネルの場面のところで、赤外線映像を使ってPOV的な映像をやったりしてましたが、せっかくの乾いた映像をそれまで見せてきたのに、この選択が雰囲気すら台無しにするような形となっていて、ここで一気にテンションが切れました。まぁ、ここでアクセントを付けて、物語の展開の視点が変わりますよって言いたかったんかなと想像はしますが、映画全体として考えると良い効果はもたらさなかったように感じます。

 最初の、麻薬カルテルが人質を取っている家への突入劇は面白かったです。ホラー映画の画ですよ、あれは。掴みはかなり良かったんですよね。死体が埋められている壁の描写や、爆発に巻き込まれて吹っ飛んだ腕とか。

 最後は、利用されたというよりかは騙されたみたいな格好になった主人公が、全てを話すと喚きちらして、嘆きの検察官に何も喋らないと証明書に署名するか、自殺を偽装して殺されるか選べと言われ、証明書に署名して、それでもムシャクシャする主人公は、帰ろうとする嘆きの検察官に向けて銃を向けるが結局打てずに終了という終わらせ方は良かったとは思います。主人公視点ではバッドエンドですけど。よくある、自分に能力はないのに自分はできると思い込んでいて、頭が固く他の考え方を受け入れられず、全体を見渡して行動できないイライラする系の主人公だったので、溜飲は下がりました。

 嘆きの検察官が、主人公に対して、「お前は狼じゃない、小さな街にでも行って、法律に守られて小さくまとまれ」(by 本城裕二)と言い捨てるところは良かったですね。嘆きの検察官視点ではハッピーエンドですね(笑)。

 メキシコの制服警官の視点は、バッドエンドでしかないですね。殺されますし。(映画としてもラストの場面である)息子のサッカーの試合(練習試合かな)中にも銃撃戦の音は聞こえて、一瞬試合は止まりますが、またそれも日常ですという感じで試合が再開されるという場面は良かったです。この場面を撮りたいがためだけに、メキシコの制服警官を(映画の中での)視点を持つ登場人物として用意したのかな。それなら、もっと彼を描かないとダメだと思います。カットされたのか、カットせざるを得なかったのか、もともと撮ってはいなかったのか、どうなんだろう。