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悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2016©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

シン・ゴジラ

評判がいいようですが、disってしまってます。



 『踊る大捜査線』に、織田裕二に代わってゴジラが出演したっていう印象でした。友人に言わせると丸っきりエヴァンゲリオンで、庵野氏が影響を受けた監督や映画からの焼き直しがかなりあったということでした。ボク個人としても、この場面は別の映画で観たことあるよなっていうのもかなり多く感じました。

 『踊る大捜査線』もエヴァンゲリオンの演出法とか諸々パクってたとは当時も言われていたように記憶しております。エヴァンゲリオンはほとんど知らないので、『踊る大捜査線』と思ってしまったわけです。でも、エヴァンゲリオンの監督は庵野氏なので、パクったというより、流用したっていうことですよね。

 そんなことよりも、ゴジラという映画で、日本の官僚とか政治とかを忠実に再現しようとしたものを観たいと思うかどうかで、この映画への好き嫌いが決まるのかなと思えました。

 ボクとしては、もっとゴジラが暴れまわってくれるのを期待してたんです。ゴジラが暴れまわっているところは迫力ある映像でかなり楽しめただけに、そこをもっと押し出してくれればという気持ちが強いです。

 それから、日本の官僚とかの場面も忠実に再現しようとするなら、セリフ回しが弱い俳優をメインに使うのは避けた方がよかったのではないでしょうか。それだけで、個人的にはもう忠実じゃないんですよね。キャラや場面に重みもなくなるし。それに、石原さとみが演じるキャラもいらなかったと思います。賑やかしにもなれていないのはどうなんかなと。

 エキストラの参加が多いであろう、逃げ惑う人々の風景ですが、明らかに熱意を持って参加してる人と、参加することに(自分にとってだけのw)意義がある人との温度差がかなりあって、結果的に緊迫感が削がれているように見えました。現実にはそこにはいないゴジラを想像できるかどうか、いや、想像しようとするかどうか、きちんと製作側はエキストラであっても選別すべきだったように思います。

 ゴジラを使って色々別の主張やテーマを内包した映画を作りたいっていう気持ちはわからんでもないけど、これってさ、(キャラクターとしての)ゴジラにとっては迷惑な話というか、被害者(怪獣だけどw)なんじゃねーのかなって。と言いつつ、ゾンビをそういう存在で起用するロメロの映画が好きなボクが言えることではなかった(爆)。

 ロメロのゾンビの起用は、きちんとゾンビの活躍も描くし、それをメインに表面上はきちんと持ってこれる手腕があるから許されるんだと思うのです。でも、この前のハリウッド版ゴジラといい、本作といい、その視点や方法論がすとんと抜け落ちているような気がするのです。