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悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2016©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

ミュージアム

映画館鑑賞(新作) disってます。 ネタバレ注意!!!

disっていたり、ラストのネタバレをしたりしていますが、結構面白かったと思いますよ。




 上から目線になっちゃいますが、なかなか頑張っていたとは思います。ただ、もう一歩踏み込んでほしかったというか、踏み込まないとあかんかったんとちゃうかなという、モヤモヤ感を拭い去ることはできませんでいた。

 スプラッターやホラーに耐性のある人、どんなことにも動じない自信のある人は、原作を未読であれば、そのまま読まず、予備知識もなしでの鑑賞をお勧めします。

 全体的なテイストは、某国の映画のようでした。真似、とは言いたくはないですが、かなり意識はしていたと思います。特に「雨」というものが画面上での背景で大きな意味を持つこの映画で、某国の映画にあるような映像の質感がピタリとはまると考えたのでしょうし、事実、ピタリとはまっていたかと思います。

 もう一歩踏み込んでほしいと思ったのは、この映画が頑張って作られていること、いい映画を作ることを目指していたと思えるからです。そうでない映画なら、そんな希望を抱くことはありませんから。

 どうして踏み込んでいないという印象を持ったのか。猟奇殺人での被害者の造形が、うまく作られてはいるのですが、作り物という印象以上にはならなかったのです。勿論、映画だから作り物ではあるのですが、映画の世界、設定に落とし込んでみてもリアリティがないというか。そう、定食屋さんとかでよく置いてある食べ物の綺麗に作られた見本っぽいというか。

 終盤で、主人公が妻子の頭部だけの部分を見て絶望する場面があります。ラスボスであるカエル男も「精巧に作られてるから、暫くは作り物とはわからないだろう」っていうセリフを言うのですが、映像的には作り物っていうのが一発でわかってしまって、映画の世界では本物と見間違うような設定であったとしても、実際には作り物としか見えないものを映像で見せられても、なかなか映画の設定をそのまま受け入れられませんよっていうことに陥ってしまってるんです。

 まぁ、スプラッターとかホラーとか、そういう映画が大好きな人にとってはってことで、そうじゃない人にとっては十分に効果的なのかもしれませんけどね(笑)。

 それだけではないのですが、どうもどこかに線引きがあって、これ以上は進まないよっていう意思を映画から感じたのです。演技や話の流れとか、全てにおいて、もどかしいというか。原作があるので、話の流れについては仕方がない部分ではありますけど。リミッターを外せということではなく、リミッターが見えてしまう映画っていうのは品質は低くなってしまいますよねっていう意味です。

 ラストは原作とは違うそうです(ボクは原作は未読です)。カエル男は主人公に対して3つの選択肢があったと勝利宣言している途中で警察に突入され外に逃げますが、さきほどまで降っていた雨が止み、日が差し込んできたところだったので、吸血鬼のように苦しみながら気絶して確保されてしまいます。

 カエル男の入院先に双子?の姉?妹?の医師がやってきて、日光過敏症(?)は心因で、それを治すにはその原因となった悪意と向き合うか、もう一つはと言いながら点滴チューブに注射(おそらく殺すためのもの)して、寝てるだけのカエル男はそのまま痙攣しちゃいます。人生エンドだと思われます。カエル男は、小さい頃に両親が殺されたことがきっかけでおそらく精神が破綻し、日光過敏症になったという設定のようです。

 主人公の妻はフリーのライターに、裁判官制度で無実の人間を死刑にした気持ちを語ってほしいと言われたりします。

 主人公は、息子の運動会にやってきてビデオ撮影します。今日は仕事よりもこちらの方が大事だと言って。

 主人公の息子は運動会で活躍しておりますが、どうやらカエル男と同じ日光過敏症を発症した模様。首のあたりをボリボリ掻く息子の映像でこの映画は終了します。

 ということで、主人公一家は命は助かり、一見それまでの生活に戻ったかのようですが、これがハッピーエンドなのかどうかと言われると疑問があります。個人的にはバッドエンドではないかなと。