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悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2016©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

微妙にネタバレしてますし、disってるかもです。





 原題は『Demolition』で、そう、あのスタローンが出演した『デモリションマン』の「デモリション」と同じだ(笑)。意味は、「取り壊す」らしいです。原題が示すように、配偶者を交通事故で亡くしてしまった主人公が、少しずつ自分を取り壊していって、新しい生活(というか新しい自分にかな)に一歩踏み出すという、よくあるテーマの映画です、ゾンビ映画よりもたくさん作られているかもしれないくらいに。

 面白かったのですが、いらない設定といらない場面がちょっと多いと感じてしまって、中弛みではないのですが、テーマ(というか主人公の再生条件かな)がボヤけたり、ラストの感動が霞んでしまったような、そんな気がするのです。

 いらない設定は、主人公の配偶者が、主人公に愛されていないと思ってなのか、浮気して子供ができたんだけど堕ろしてしまっていたということを隠していた部分(配偶者の母親のみ事実を知っていた模様)。どんな理由があれ、浮気するノータリンへの愛情が実はあったなんて言われても、その浮気の原因が自分(=主人公ね)だったという設定でも、感動できるわけないでしょう。感動できるんなら、それはもうプリン脳だから。

 主人公が自分の家を壊す場面っていうのは、自分の過去を壊す、イコール決別するっていう意味も含めていたと思うのですが、その前に主人公が解体業者さんが家を壊そうとしてるのを手伝ったり(というか強引にお金渡して割り込んだりw)してる場面っていうのは、主人公の感情の遷移を見せようとしてるんだと思うのですが、特にいらなかったと私は思います。なんでも解体してしまいたいという精神状態になってしまった主人公の行き着く先が、いきなり自分の家を破壊っていう方がインパクトがあったように思うのです。

 あ、それからちょっと疑問というか、わざとやってたのかわかんないのですが、主人公は電車通勤なのか車通勤なのか。その日の気分で変えてたっていう設定なのか。どっちやねん。最初は、どちらかが現実で、どちらかが非現実的(というか夢みたいな感じ)なんですよっていう使い分けかと思ったのです。ヒロインの登場も主人公が作った妄想なのかっていう感じが最初はちょっとあったし。

 この映画のネタバレとしては、マイマイガが実は主人公の心臓を食べていたので、主人公は当初は感情のない生き物のようになってしまっていたということです。だから、配偶者が死んでも悲しまなかったんです。嘘は書いてないぞ(笑)。

 大好きなバンドであるFreeの「Mr.Big」が使われてる場面があるんですが、それだけでちょっとアガってしまいました。好きな音楽を使われてしまうと、どうにも弱い(苦笑)。