悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2018©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

あなた、そこにいてくれますか

ネタバレしていますし、ちょっとdisっています。

 


 タイムトラベルものの恋愛映画。となると、私の大好物なので、突撃してきました。

 うーん、なんかヘンテコな映画でした。色々と考えられているとは思うのですが、どうしても帰着点が御都合主義の穴に落ち込んでいるように思えて、悪くはない映画ではありますが、感動もしなかったというのが正直なところです。

 2015年(映画設定上の現在)の主人公と、1985年の主人公が交差しながら進むお話なのですが、過去(1985年)を変えることで、現在(2015年)の自分の環境にも影響が出るという設定は他の映画でもよくありますが、その影響の範囲がどうなのかってところが御都合主義に思えてしまって、作劇的に仕方がないんだけど、主人公の選択も含めて乗れなかったんです。彼女を死なせたくないけど、生まれてくる娘の存在も消したくないという、二兎を追う者は一兎をも得ずという展開と見せることで、緊張感を持たせたかったのかな、とも思いましたが。

 ラストの場面をやりたいがために、2015年型主人公が1985年型主人公に肺がんに侵されていることを知らせずに、友人が知らせるという形にしたりというのが、余計に御都合主義に映ってしまう結果になってしまったんじゃないかなー。で、この主人公の親友が思った以上に物語に絡んできてるし、外面はアレだけど、男気のあるいい人物だったのはよかったところです。

 主人公の娘の母親が、主人公とは本当にヤっただけの関係っぽいのは笑えた。こういうところも、彼女が忘れられないということだったのでしょう。それに、主人公に惚れてる後輩の気持ちを知っていながら、その気持ちを利用だけする狡猾さ(笑)。こういうところは、意外と主人公は身勝手な人物ですよという表現だったのだろうか。その後輩は30年経っても主人公が好きみたいだし。

 ラストのネタバレを書いておきます。1985年型主人公が2015年型主人公との約束を破って、本来は死ぬはずだった時期を生き延びた彼女に再び会おうとしてしまったことで、時間の流れが元々の本来の流れに戻ろうとする力が働いたのか、彼女は車に轢かれて瀕死の状態になってしまいます。

 2015年型主人公と1985年型主人公が協力して彼女を手術したことで彼女の命は救われたけど、結果として後遺症が残ってしまった(歩くときに足を引きずる)こともあり、1985年型主人公は彼女とも親友とも距離を置くというか、2015年型主人公との約束どおり30年連絡もしない関係となってしまいます。

 しかし、2015年になり肺がんで死んだ主人公が残した遺品によって事実を知った親友の働きで(親友が1985年に戻って1985年型主人公にタバコは止めろと忠告w)肺がんにはならず、主人公もまた最初に設定されていた死ぬ時期を生き延び、30年振りに彼女とも再会、抱擁し映画は終了します。

 イルカは昔の彼女が生き延びることになったので、犠牲になったんだろうなぁ。一番かわいそうなのはイルカだわ。