悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2017©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

カンフー・ジャングル

えっと、ネタバレはともかく、勢いでdisってしまってますが、ドニーさんは最強で最高です。




 ドニーさん、最強でありがとう。

 映画の内容は、小学生が考えた「ぼくがかんがえたさいきょうのかんふーえいが」まんまです。ドニーさんの雰囲気、アクションは流石です。それさえ良ければ何も言うな、というのがドニーさんの映画の鉄則だとは重々承知しておりますが……。

 悪くはない映画です。極めて普通というか。食べ物屋さんに行って、「おいしくもなかったけどまずくもなかったなぁ、まぁ値段相応だったかな、お腹いっぱいになったし」、そんな感じを想像していただければ、なんとなく分かってもらえると思います。

 全体的な作りが粗い、雑なんですよね。そのお陰で、最後のトラックとかがビュンビュン走る道路でのバトルに至ったところでの感情の爆発が起きないというか、押さえ込まれてしまっているというか。

 警察を無能に描くというのは伝統なのかもしれませんが、それによって緊張感がなくなってしまうっていうことは、そろそろ製作陣は気付いて対処しないといけないと思いますよ。警察を無能に描くイコール製作陣の無能さを露呈するっていうことに、本当に気付かないと……。

 展開のため、キャラクターを浮き立たせるために、何かを間抜けに設定して踏み台にするという手法を否定はしませんが、劇薬みたいなもので、使い過ぎたり、頼り切ってしまうと、何もかもが間抜けになってしまうんですよね。恐ろしい(笑)。

 ラスボスが家に帰ってくるときに、警察がその家の周りを包囲しているのですが、そりゃバレるやろっていう待ち伏せはダメでしょ。そこで画面に出てしまうのは、間抜けな警察とそれを出し抜くラスボスではなく、間抜けな警察と間抜けなラスボスによる阿波踊りなんです。

 あんだけ緻密に待ち伏せしてるのに、それに気付いてすり抜けるラスボスっていう描写にすれば、警察も間抜けに見えないし、ラスボスにも凄さがさらに追加されるし、展開的には緊迫した攻防になるし、ドニーさんの一連の行動にも説得力が増してくるんですよ。って、素人にこんなこと言われないように、玄人はきちんと作ってほしい(苦笑)。

 ドニーさんもラスボスも同じ人種という設定だったとは思いますが、ドニーさんが何故その人種からの卒業が可能だったのか、そこのあたりの対比をもっと注力して描くのか、そんなんどうでもええやん、アクションでカバーだぜって感じで乗り切るのかの割り切りも中途半端だったように思えます。妹弟子を美人にしたからといって、解消されるわけではない(笑)。

 バトルの描写も、直接的に描くのではなく、ドニーさんが想像する体を模しての別の描写をやってみようとかいう意気込みは分かりますが、作りが雑で粗いから、効果がないんですね。

 あ、なんか書き殴ってたら、dis全開になってた。あかんあかん。いやいや、ドニーさんが動いてるだけでも十分なんです。うんうん。