つ・な・げ・て・み・た・い
シネマート新宿にて鑑賞
原題は『The Human Centipede (First Sequence)』、直訳すると「ムカデ人間(最初の配列)」となりますでしょうか。あ、当初から三部作とかで作る気やったんかな。
昭和の時代に公開されていたとしたら、邦題は『人間ムカデ』ってなってたろうなと思ったり。
映画館で観たのは2011年7月に公開されたとき以来の二回目です(前回はシネ・リーブル梅田、今のテアトル梅田ですね、だったような)。タイトルほど本編内容は奇抜ではなく、丁寧に手堅く作られているのに驚いた記憶がありますし、今回改めて観て、やっぱり丁寧に手堅く作られているなと思いました。
ディーター・ラーザー演じる超短期な変態であるヨーゼフ・ハイター博士や、北村昭博さん演じる日本人ヤクザのカツロー(ムカデ人間のリーダーでもあるw)の二人の個性が強烈過ぎて、そんな二人に比べるとキャラ的にはかなり薄い女性二人の性格みたいなものの描写を序盤に差し込んでいる辺りも、丁寧な作りの現れではないかと思います。
また、抑えた演出(あの二人は突出してるけどねw)や、冷たくて青白い画面の雰囲気(これは4K化で印象度がアップしたかも)はかなり好き。昔の東欧映画の残滓みたいなものを感じたりもしました。
終盤に登場する刑事二人の雰囲気もグッド。最後のプールでの撃ち合いはなかなか芸術点が高いと思います。お洒落映画のラストかよなんて思ったり、なんかフィルム・ノワール的な雰囲気でもありました。
ただ、刑事二人、見た目や雰囲気は抜群なのに、なんか小走りしていたり銃を持って部屋の中を探索する姿がバタバタしているというか刑事に見えなくて、これは今回の発見でしたね……。あの二人の刑事を主役にしたスピンオフ映画を作ってくれないかなと初公開時に思った記憶がありますが、別に作らなくてよかったかな……。
ハイター博士やカツローのキャラが飛び抜けていて、肝心のムカデ人間のインパクトが相対的に薄くなっているのは本作最大の欠点かもしれません(笑)。それがメインのはずなのに。これはトム・シックス監督の誤算でしょう。でも、そのお陰で本作が高く評価されたということではあるので痛し痒しかな。
時折りゴダールっぽい文法を使おうとしてるのは微笑ましいというか。既に一般的な映画文法(技法)の一つになっているからだとは思うので、そもそもゴダールからの直接の影響かどうかは分かりませんが。
カツローが自害するのは謎というか理由はなんとなく分かるけど(人として死にたい)、あの場面や状況でそうなるの?とは思いました。キリスト教的な教えみたいなものなのかなとも思いつつ(殉教とか)。
多分、あのセリフは元々カツローのセリフではなかったのだと思います。当初、先頭の役は別の俳優さん(おそらく欧米人)で、その人が来られなくなり急遽北村昭博さんに変わったそうです。ですから、元々最初の先頭キャラ向けに用意されていたセリフをカツローに変わってもそのまま流用したのでしょう。日本人ヤクザでキリスト教信者というのがいないわけではないでしょうけど、それまでのキャラ付けも含めてちょいっとミスマッチになっていましたね。バッサリカットするか変更した方がよかったなとは思います。
地下からムカデ人間の皆さんが階段を昇る場面は本当に大変そうでしたが、ハイター博士はどうやって今まで外に連れ出していたんだろうか(そして地下室に連れ戻していたんだろうか)と疑問に思うと、ずっとそのことが頭にこびり付いてしまいました。
この『ムカデ人間』シリーズは第二作目も第三作目も面白いので、本作を気に入られた方でまだ鑑賞されていない方にはオススメです。第二作目は刺激がかなり強いですが。
もし、ムカデ人間にされるとしたら(されたくない)、つ・な・げ・て・み・た・いをされてしまったら(されたくない)、先頭がいいですね。というか、先頭一択ですよね。
人は何故つながりたいと思うのか。それは本作を観れば分かります(分かりませんw)。