悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2022©りょんりょん) ※映画・プロレス・リネージュの感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫びします。ごめんなさい。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2022りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

THE UNCROWNEDのこと

 令和4年8月5日に、かねてよりガンで闘病中であったボーカリストのSHALさんが永眠されました。令和4年8月17日にメンバーであるTakeshiさんから公式サイト及び彼のツイッターにて公表されました。

https://uncrownedband.wixsite.com/uncrowned/gallery

 最近は以前に比べてガンでも治ったというニュースをよく目にしていたこともあり、正直に言えばSHALさんも治るだろうと楽観視していました。そんなことなので、はっきり言って辛いので、何かを書いてその辛さを紛らわしたいという気持ちです。

 THE UNCROWNEDとTEARS OF TRAGEDYの二つのバンドによって、それまで10年以上(だったかな)遠ざかっていたライブに行き始めたのでした。それだけ、私の心にグサッと突き刺さる両バンドです。今でも大ファンです。

 THE UNCROWNEDは、ギターでリーダーのTakeshiさんが以前やっていたバンド(ユニット)のACTROIDの2ndアルバムを作りたいという気持ちから始まったようです。なかなかボーカルが決まらなかったのですが、たまたま昔からの知人であったSHALさんが忘年会(だったかな)で歌った泰葉さんの「フライディ・チャイナタウン」に衝撃を受け、ひっそりと録音。それを実弟で初代ベースであるNaoki氏に送り意見を求め彼女しかいないだろうと後押しされ、これまで音楽活動どころかカラオケでもあまり歌ったことがなく、自分の声にコンプレックスを持っていたSHALさんを口説き、バンド結成にまでこじつけられたとのことです。

 TakeshiさんはSHALさんとは昔からの知人ではありましたが、SHALさんが歌っているのをそれまで聴いたことがなかったようです。この忘年会もほぼ罰ゲーム的な感じで無理矢理歌わされたっぽかったようです(ライブのMCでそう仰られていたような)。

 当初はACTROIDの2ndアルバム用の曲をSHALさんに歌ってもらおうと考えられていたとのことですが、SHALさんの声にマッチした曲を新たに作ろうと方向性を修正して完成したのが1stアルバムの楽曲群です。POPでメロディアスで素晴らしい曲が目白押しのアルバムとなりました。

 私がTHE UNCROWNEDを初めて聴いたのはPVになっている「REVIVE」で、いきなりNaoki氏のマルセル・ヤコブばりの(ビリー・シーン的ではないことに注目←個人の感想です)ベースソロから始まる同曲は、ベースソロ好きの私の耳を捉えるのに十分でした。そして、曲がいい。ギターソロもセクシーでメロティアスで、これまた大好物。SHALさんのボーカルもハスキーでありながらも耳馴染み良く、情熱が先走っているような勢いにこちらまで飲み込まれそうになりました。

 このPVの撮影時、通常はエアギター、エアベース、エアボーカルなのですが、SHALさんは実際に撮影中も歌っていたそうです。ご本人は初めてのこういう撮影でもあり、そんなことは知らなかった的なことをライブのMCで仰られていました。

 1stアルバムが発売された当時の私は年齢的な問題もありライブに行くのはしんどいので敬遠していましたが、どうしてもこのバンドはライブで観たい、聴きたいと思わせてくれました。大阪で1回、名古屋で2回(うち1回はNaokiさん脱退最後のライブでした)、東京で2回か3回、ライブに参加させていただきました。そのライブでのSHALさんの一生懸命さを思い出します。

 そう言えば、初期の頃のライブの前にはSHALさんが肋骨折ったりとか、車が故障したりとか色々とトラブルが起こるということをMCでお話されていました。

 とりとめもないことばかり書いてきましたが、末筆ですがSHALさんの逝去について心よりお悔やみ申し上げます。

 

P.S.

2ndアルバム『WITNESS』が令和4年9月21日にリリースされます。

ソー:ラブ&サンダー

少しネタバレしています。

 

 

 

 

 

 一言で言えば、タイトルどおりの愛とカミナリの映画でした。とっ散らかってるのに、ゴリゴリと脳筋パワーで推し進める様は凄い迫力を生む結果となりましたが、展開というか、内容的に最後にブレーキを踏まざるを得なかったのが悔やまれるところでした。脳筋パワー全開のまま駆け抜けてほしかったなぁと思いました。ガーディアンズの客演も楽しかったですし、病んでるソーとの微妙な距離や関係性も微笑ましかったです。まぁ、こういうレベルの映画を平気な顔して作ってくるMCUには恐怖しか感じなくなってきましたね(笑)。

 魂というか、縁というか、使命というか、宿命を受け継いでいくという物語は、ソーに因んでなのか神話的、寓話的な印象も受けました。ゼウスをはじめとして神様の世俗化というか、どこかの国の議員様的な滑稽な描き方も脳筋パワーでほぼ推し進めたからこそ、キャラクターとしてのソーが空回りせずに済んだのかなとも感じました。

 冒頭からチャンベが登場してきますが、最初は本当に誰か分からなかったです。彼が呪われた剣を手にしゴッド・ブッチャー(なんていう厨二病な名前なんだろうw)になるのですが、そこでガン=カタも解禁すれば無敵でしょう(違う、そうじゃない)。

 ソーの元カノだったジェーンがガン(ステージ4)で余命幾許もない状況で、ムジョルニアを持つことで体内が浄化され治るかもしれないという提示をし、ムジョルニアを手にしマイティ・ソーと化したことで治ってハッピーエンドだよなーと思わせておきながら、マイティ・ソーになることでガンを更に加速させる結果になり、直接的な原因は戦闘ではありますが命を落としてしまうという展開も、神事というか、何かを救うには犠牲を伴うということを表現しているのでしょうし、そこも神話的というか、寓話的というかでよかったと思いましたが、最初にも書きましたがそれによって脳筋パワー全開の展開にブレーキが踏まれてしまった部分は痛し痒しなのかなー。

 マイティ・ソーとして戦い、神の一員として認められたジェーンはヴァルハラに行くことになりましたが、ヴァルハラは魂が行き着く場所だとして、そこに行き着いた人は肉体がないだけで永遠の意識があるっていうことでしょうか。それはそれで辛いような。

 全編に渡り流れるガンズの初期の曲は映画には合ってました。しかし、エンドロールではアクセルとは別の聴き慣れた声が。なんでDIOやねん(笑)。なんで「Rainbow In The Dark」やねん(笑)。

 次回は、ソーに恥をかかされたゼウスの息子?ヘラクレスがソーを狙うようですが、果たして続きは作られるのでしょうか。

 エンドロール後も1分程度の映像がありますので最後までご覧になってください。(ジェーンがヴァルハラに行き着いて、ヘイムダルがお出迎えする場面となります。)

 

流浪の月

少しだけネタバレしています。

 

TOHOシネマズ梅田 別館スクリーン10にて鑑賞

 

 

 原作未読です。ツイッターでの評判がよかったのと、予告編を観て何かくるものがあったので映画館に突撃しました。

 重くて心が痛くなる映画でした。いい映画でしたが、何度も観たくなるという性質のものではなく、鑑賞するにはそれなりの気構えがいるなーっていう感じです。メインキャラ二人の行動が生理的に受け付けないという人もいるかもしれません。

 鑑賞後は「映画を観たなー」という感情が湧いてきました。映画を観たという実感というか、なんか心が少しざわついてる感触が残るのは本当に久し振りでした。

 松坂桃李さんは凄いな、と。なんだろう、劇中の登場人物になりきっているのに、松坂桃李という印象もしっかりと出しているというか。

 出演していることを知らなかったので、店長役で三浦貴大さんが出てきてびっくりしました。彼が出てくることによる安定感と安心感はなんなんだろう(笑)。本作に出てくるキャラクターで一番一般人を体現していたように思います。登場場面は4場面くらいで、時間にして5分程度しか登場しておりませんが。しかも、松坂桃李とはすれ違ってもいないぞ(そこは重要じゃないw)。また、終盤に登場する刑事役の人って『封刃師』でも刑事役してたあの人ですよね。今回は分からずや刑事の役でしたが。これも同様にびっくりしました。

 原作は未読なので原作でもそういう形を取っているかどうか不明ですが、佐伯文がロリコンなのかどうかという解釈において、映画としては観客に委ねるという形を取ったように見受けました。そこは曖昧にしてはいけないと思います。何かを感じる、考えてもらう(観客に提供する)ための前提条件を曖昧にするのはいけないことです。

 幼い頃の家内更紗の唇を拭うという佐伯文の行動の場面をラスト付近に持ってきたことで、やっぱりロリコンだったのかよって思ってしまう人もいるのではないでしょうか。映画としてそこは観客の想像に任せてはいけない部分だったと思います。

 佐伯文は性器だけが成長しなかったことにコンプレックスがあり、そのため自分と年齢相応の人(=大人=性交渉が必要な相手)を恋愛対象から外しており、性交渉の必要がない子供に対して愛情ではない安らぎを感じている人物だと思います。ロリコンとは違って、先の唇を拭う行動も、佐伯文は性的興奮を覚えなかったし、家内更紗も同様だった(セクハラとは感じなかった)という大事な場面なので、カットを挟むポイントが間違っていたとも思います。もう少しそこははっきりさせないといけなかった部分でしょう。とプロ相手に上から目線ですいません。

 性行為ができない人間、性行為が嫌いな人間、その二人が大人になって改めて出会い、磁石のN極とS極のようにひっつくという関係性だと思うので、その観点からも佐伯文はロリコンであってはいけない存在(本作のテーマ的には)ではないかと捉えています。

 観客の想像に任せるという手段がいけないわけではないですが、多数の他者に観てもらうことを前提にしている商業映画では、観客の想像に任せる部分と、そうではない部分(映画のテーマの表現や、登場人物の心情や行動で押さえておかないといけないもの)とは、しっかりと区別して観客に提示しておかないといけないと思います。それで作家性が薄れてしまうというのなら、商業映画では作らなければいいだけのお話です。本作ではそれが悪い意味で曖昧すぎたと思います。そこが、リアル志向なのか、ファンタジー志向(RPG的なファンタジーではなく)なのかがよく分からないというものになった結果ではないかなと。(まぁ、他者の著作を原作として映画化してる時点で、映画作家としての作家性を持ち出すのはモヤるというか、おかしいとは思いますけどね。)

 最後がグダグダというか、グチャグチャ気味で駆け足っぽく走り抜けて、そのまま終わってしまったのはちょっと呆気ないというか(原作には後日譚というか、その後のお話がエピローグ的にあるそうです)。

 先にも書いたように二人の間に恋愛感情的なものはなく(広義の意味での愛だけど)、共依存の関係に晴れてなったという結末だと私は思います。まぁ、でも、佐伯文も家内更紗も人生クラッシャー(サークルクラッシャー的な)の属性持ちのようで、その二人が一緒にいる選択をしたのは(周囲の人達的にも)ハッピーエンドなのかもしれないですね。

 

シン・ウルトラマン

あべのアポロシネマ スクリーン1にて鑑賞

 

ネタバレしています。disってはいないと思います。つらつらと感想を垂れ流します。

 

 

 

 『シン・ゴジラ』が好みに合わなかったということもあり、当初は鑑賞を予定していませんでした。ただ、かなり賛否両論が出ていたことから、どういうお話になっているんだろうとネタバレを踏みました(笑)。すると、そこそこ面白いお話ではないかと思って興味が少し湧いたところに、鑑賞した友人からも面白かったという話を聞き、観たい気持ちが急激に高まり映画館に突撃してきました。2022年になり初めての映画館での鑑賞となりました。

 面白かったです。特に当初の『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のテレビシリーズが好きな人は楽しめるのではないでしょうか。短い時間の中で、最初の『ウルトラマン』の(全体の)ストーリーを軸にリメイクし、『ウルトラQ』の残り香を漂わせ、『ウルトラセブン』の風味をスパイスしてふりかけられているのは、これらの番組が好きな人にはたまらない仕掛けだったと思います。でも、『ウルトラマン』自体のテイストは感じなかったんですよね。そことは意識的に距離を置いているというか(それが悪いという意味ではありません)。ちょっと不思議な感覚ではあります。

 マニアがマニア向けに作りつつ、一般層への目配せもした映画としては、現時点では最適解に近いのではと思います。個人の嗜好を抜きにすればギリギリセーフというラインを際どいタイミングで攻めきった映画だったのではという感想です。

 これまではマニア向けか一般層向けか、劇中のセリフ的に言えばゼロサムにしかならなかったのが(そういう意識しかなかったとも言えます)、マニアと一般層のどちらの利益も追求可能ですよという少し希望というか、いろんな選択肢があるということを示すことができたのではないかと思います。

 カット割が狙いすぎてるのがうざいのですが、これをやめてしまうとマニアが作るマニア向けの映画ではなくなってしまうので痛し痒しというところですね。

 山本耕史さんが登場して画面がピリっと締まった感じになったのが凄いなーと思いました。演技面での軸ができたというか、終盤に突入していくという段階だったこともあるのでしょうが、ピリッと締まった空気感になっていたのではないでしょうか。

 怪獣(禍威獣)2体、宇宙人(外星人)2体、破壊兵器(ゼットン)1体との戦いがあるのですが、もうあと1体くらい怪獣と戦う場面があってもよかったかもと思いつつ、テンポよく進めていくにはこれが丁度よい塩梅だったかもしれないですね。ゼットンの破壊兵器としての造形はよかったと思います。

 ゼットンとの2回目の戦いは最初のタイマン勝負で敗れたウルトラマンのリベンジですが、別にあの方法(見せ方)なら人間の叡智の結集っていう展開は関係ある?必要ある?とは思いました。それなら、地球人の作った兵器でゼットンを破壊するというテレビのまんまな展開でもよかったのではないでしょうか。本作の禍威獣特設対策室はジェットビートルとか持ってないので、(現代という設定的にも)宇宙に行っての戦闘は無理な描写だとしても、何か方法がなかったのかなと思いました。2回目の戦いはラストバトルになるのでもっと高揚感とか戦い切った感、カタルシスがほしかったところです。呆気なさすぎでしたね。ここはかなり残念です。

 『シン・ゴジラ』と同様、逃げ惑う人々はエキストラだと思うのですが、危機感がなくて浮いてしまっているのも残念ポイントでした。その場面は多くはないのでそんなに気にはならないというか、場面転換後にすぐに忘れてしまうレベルではありますが、こういう細かい部分も煮詰めていけるようにはなっていかないと映画の品質は上がっていかないでしょう。エキストラへの演出って大変だとは思いますが。

 それと、これは残念とは違うのですが、にせウルトラマン好きな私としては折角本作にも登場させてるんだから、もうちょっと目をとんがらせててほしかったですね。

 光の星からきたあの方は「ゾーフィ」という名称のようですが(元ネタはゼットン星人との誤解でしたっけ)、ウルトラマンは最初は「ゾーフィ」と呼んでいたのに、途中から「ゾフィ」と呼んでいたのは気になるところ。わざとなのか、単なる撮影時期が違うとかの理由でそうなっちゃったのか。

 カラータイマーが胸にないという個人的な違和感は拭いきれなかったけど、本作のウルトラマンの造形は結構好みです。ただ、カラータイマーがピコンピコンした場面は見てみたかったなー。

 現代兵器というか、実際にある兵器でも怪獣(禍威獣)を倒せることがあるというのは元々の科学特捜隊がドラマシリーズ中でも怪獣を数体倒していることへのオマージュなのかな。

 この映画だけで完結してるといえばしてるんですが、続編の構想も元々あるみたいです。次はおそらく『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』のシン化ではないかと思ったり。勿論、ウルトラマンの中の人は庵野さんがやられるんでしょう。それが本当の目的かもしれない、本作を作ったのは。

 最後のスタッフロールで庵野さんのクレジットが多いこと多いこと(笑)。で、監督補とか、副監督とか、准監督とか、これは何?

 一部、特に長澤まさみさん出演部分での描写がセクハラにあたるのではという意見があるようです。個人的にはそこはギリアウトなところもあったかな、このカットは必要ないよなというところはありました。そこは大きな反省点として次に活かしてほしいところです。意識と価値観のアップデートは、製作陣も観客側も同時に実行しないといけませんね。

 

簡単なネタバレ

 

 たまたま地球近辺に来ていたウルトラマンは、自分が(半分)原因で地球人である禍特対の神永を殺してしまう。神永は少年を助けようとして自らの命を犠牲にしたが、ウルトラマンにとってはその行動が興味深く、禁じられていた地球人との融合を果たし、神永の肉体を使って地球に留まることにする。

 その頃地球では環境破壊により太古の時代に外星人が仕掛けていた生物兵器である禍威獣が復活しており、それを利用して地球を我が物にしようとしている外星人が暗躍していました(メフィラスさんですね)。

 地球でのウルトラマンの活躍を光の星(ウルトラマンの出身地)では苦々しく思い、またベータカプセルを用いた地球人との融合は、地球人を巨大化し兵器として活用可能なことを証明してしまう事案ともなったため、地球を破壊することを決定(なんて勝手なw)。その為に、ゾーフィと破壊兵器であるゼットンを派遣します。

 ゾーフィはウルトラマンを光の星に戻るよう説得するが決別し、ウルトラマンゼットンに戦いを挑むも敗北。人間の叡智により発見したゼットンを倒す作戦をウルトラマンは命賭けで実行し、ゼットンを破壊し別の宇宙(?)に持っていくことに成功するも、自身もその別の宇宙(?)で漂流することに。

 ウルトラマンは強く生きたいという気持ちを持っており、その信号をゾーフィがキャッチし救出。地球破壊は撤回されたことをウルトラマンに告げ、改めて一緒に光の星に帰ることを提案するが、そうすると地球人である神永は死んだままとなるため、自分の命を神永に与えてほしいとゾーフィに依頼し、ゾーフィはウルトラマンの強い希望により命を神永に与えます。そして、神永は禍特対メンバーが見守る中、目を覚ます場面で映画は終了です。

 なんだよ、ゾーフィは命を2つ持ってきてないんかよ(笑)。神永について、テレビシリーズのハヤタ隊員のように、ウルトラマンと融合していたときの記憶がないのかどうは不明です。ただ、劇中の表現からは、ウルトラマンは神永の肉体を借りていただけで、中身自体はウルトラマンだったのではと思います。実際に神永の死体を眺める場面もありましたし。ただ、神永自身の気持ちや体験、記憶もフィードバックとして得ていて、それがリピア(ウルトラマンの本名)ではなく、融合体としてのウルトラマンとして形成されていったんじゃないかなと思います。あっ、そう考えると辻褄が合わないような場面があるような(げふんげふん)。まぁいいか。

 

全日本プロレス 2022 Champion Carnival 優勝決定戦

青柳優馬選手、優勝おめでとうございます。

 

 青柳優馬選手に優勝させないとこれからの全日本プロレスはあかんやろと思いつつも、心の奥底では宮原健斗選手に優勝してほしかったのですが(笑)、結果は青柳優馬選手の優勝。全日本プロレスは大きな勝負に出てきたのかなと思いました。

 優勝決定戦は、Aブロックから勝ち上がってきたジェイク・リー選手と、Bブロックから勝ち上がってきた青柳優馬選手の対決でした。ジェイク選手が一旦プロレスを辞めていた時期を考えたら、キャリア的には二人はほぼ同じくらいだったと思います。

 試合はお互いがこれまでと今を確認し合いつつ、お互いを自分を写す鏡としてこれからも確認しようとしていたような印象を受けました。特筆すべきは、そこに宮原健斗という存在を感じさせなかったこと。これは凄く大事なことで、宮原選手への依存度をいい意味でどう減らしていくのか、なくしていくのか、その試金石ともなる試合だったと思います。

 昭和のプロレス風味もありつつ、平成を駆け抜け、令和の時代に対応したプロレスを構築しようとしている試合に見えて、素晴らしかったと思います。これが今の全日本プロレスの試合だよと言えるものだったと思います。(と上から目線w)

 ただ、最後に宮原選手が登場したことで会場の空気を全部掻っ攫っていくオーラの凄さも改めて見せつけられました。青柳優馬選手もジェイク選手もまだこれは纏えていないのが現実だと思います。これまでなら宮原選手の空気感のまま大会終了なのですが、優勝者の青柳優馬選手の色もしっかりと残せていたのは、これまでとは違う景色ではありました。

 全日本プロレスの主役はまだまだ宮原健斗選手だけど、主人公は青柳優馬選手に変わったのかなと思う今日のこの頃です。

 ということで、自称映画ファンとしては、全日本プロレス所属選手を映画の出演クレジット順風にしてみたくなりましたので、やっちゃいました。

 

宮原健斗

青柳優馬 ジェイク・リー

 

ヨシタツ 芦野祥太郎 本田竜輝

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青柳亮生 大森北斗 田村男児

ブラックめんそーれ ライジンHAYATO

塚本竜馬 井上凌 /渕正信

 

イザナギ

佐藤光留(特別出演)

 

TAJIRI

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大森隆男

斉藤ジュン 斉藤レイ

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石川修司

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諏訪魔

囚われた国家

ネタバレしています。

 

 

 

 

 

 

Amazonプライム・ビデオにて鑑賞

 

 前半はかなり地味で抑圧された雰囲気と閉塞感が凄かったですが、中盤以降、それがちょっと崩れて、後半はペース配分を上げたせいか、前半の丁寧さがなくなったというか、ちょっとテイストが変わったところに少々戸惑ったというか。最後に全てが収束していくような展開はよかったですが、やはり地味なので盛り上がりはなかったですね(笑)。

 一言で言えば、なんか凄く喉が乾くような映画でした。それも、暑い中でカラカラに喉が乾くという感じではなく、水を飲んでも飲んでも喉の渇きが癒せないというような感じの渇き方というか。

 ジョン・グッドマンがあの体型で走ったりさせて大丈夫だったんだろうか。私も似たような体型なので、別の意味で不安感というか恐怖がありましたよ……。年齢も年齢ですし。

 劇中の登場人物の間抜けな行動を描写することで、本当に作戦を成功させたいのかって疑問符がついてしまって、中盤以降なんか乗れなくなってしまったんですが、実はそれも作戦のうちっていうのには騙されましたね(劇中的にも作劇的にも)。うん、丁寧に伏線というか、情報は出されていたのに。

 宇宙人に侵略されてるのに、描写される人類の暮らしは今と変わらないというのはわざとなのか、単に描写が下手なのかよく分からないのはこの映画の弱点だと思います。地球の資源が搾取されているとか、色々と侵略されて支配されているといった情報は提示されるのですが、抑圧された雰囲気や閉塞感はあるのに、どうも侵略や支配されているといった表現に直結してなかったように思います。

 

あらすじ(以下ネタバレしています)

 宇宙人に侵略された地球は、その宇宙人が統治者として支配していますが、一応表向きはこれまでどおり普通?の生活が送れるような形で9年が経過しました。勿論、宇宙人のGPS(つーか虫ですw)を体内に入れられて監視されながらですが。

 宇宙人の目的は地球の地下資源を搾り取ることで、地球が用無しになればさようならという、惑星資源搾取型です。

 シカゴ・ピルゼン地区出身で、シカゴ市警のテロ対策司令官であるジョン・グッドマンは、宇宙人との戦争終結の時に、宇宙人の襲撃で相棒だった警官を殺されてしまいます(映画の冒頭です)。その警官の息子二人も成長し、幼い頃の経験からかテロ活動に加担していました。特に兄貴はテロ界隈では有名人のようです。

 ジョン・グッドマンは表面的には元相棒の息子達を気に掛けているように見せながらも、自身の保身も含めてテロ組織を壊滅させようとしているのかと思いきや、実はテロ組織のメンバーは、旧来からのジョン・グッドマンも含めた地元の仲間達(家族ぐるみのお付き合い)で、その仲間達で決起し宇宙人に蜂起するために9年間かけて活動し、一番宇宙人の中心に近付ける可能性のあるジョン・グッドマンに計画の全てというか最後の一振りを託していたのでした。そう、相棒の息子達も要は捨て駒(笑)。裏では結構助けてるんですけどね、死なせない程度に(爆)。

 そして、ジョン・グッドマンはその地区でそれなりのポジションの宇宙人と唯一直に会える役職(シカゴ市警本部長)に出世し、宇宙人への報告の機会を利用して、宇宙人と共に爆死するのでした。全てはその計画のためでした。それがきっかけとなったのか全米各地で人類の反撃が開始されましたという紹介で映画は終わりです。

 悪くはない映画ですが、何度も書きますが地味過ぎるのが観る人を選んでしまう作りになってしまっているのが残念というか。

 

Mr.ノーバディ

disっているかもです。

 

 

 

Amazonプライム・ビデオにて鑑賞

 

 こういう映画の主人公としては、ブランクが長かったとはいえ(身分証明書の件から20年以上なのかな)、弱い、弱過ぎるというのがイライラしたところでした。無双タイプではありません。それもあってか、全体のテンポはいいけど、なんか煮え切らないというか。

 

 主人公がそんなに強くないところとか、ラストバトルとか、ちょこちょこ挟まれるコメディっぽさとか、そんなんを許せるかがこの映画を気に入るかどうかの分かれ目なような気がします。登場する主要キャラクターは皆さん個性が立っていてよかったです。

 

 リタイヤしていた主人公が段々と実力を発揮していく(昔の力を取り戻していく)という流れなんですが、それならラストバトルは援軍なしに一人で立ち向かってほしかったなー。そして、ラスボスとは格闘タイマン勝負をしてほしかったところ。パパはわかるけど、義理の弟の存在とかわかんねーよ(笑)。義理の弟役のRZAが使っていた銃は素敵だった。あれはいいなー。

 

 燻っていた自分を爆発させたかったという設定というのもありますが、自ら巻き込まれにいくキャラというのは、こういうタイプでは珍しいかも。それと、生ゴミ捨てるのを忘れ過ぎw

 

アーカイヴ

ネタバレしています。シンプルにdisっています。

 

 

 

Amazonプライム・ビデオにて鑑賞

 

 テオ・ジェームスが主演だったのとSFものということで鑑賞したんですが、元々は「未体験ゾーンの映画たち」枠だったのか。知らなかった。確かに未体験の枠っぽい(笑)。

 

 日本が舞台ですが、全く意味はありませんでした。何故日本を舞台にしようとしたのだろう?ロケ地はハンガリーらしいです。ほんまになんで日本にしたんやろか。とんでも日本描写もほぼないですし。ヒロイン役のステイシー・マーティンは、ウィキペディアによると幼少時の数年間は日本に住んでいたそうです(日本語は話せないらしいけど)。それが理由で舞台を日本にしたのか、それとも舞台を日本にしているから彼女を起用したのか。って多分どちらも関係なく、偶然でしょう。

 

 本作における「アーカイヴ」とは、死んだ人の意識や記憶を一定期間データ?として保存でき、遺族らと計200時間通話ができるという仕組みで、なんでそんなことできるのかは劇中では詳細には説明されていなかったと思います。劇中でも偶然できたテクノロジーみたいな扱いだったような。主人公の意識の中の産物(要するに妄想w)ではなく、本作中の現実世界でも存在するという設定でした。

 

 舞台の時代は2046年頃です。そう先でもない近未来のお話で、普通にロボットとかもいるんですが、ではなんで主人公はそんなに複雑ではないと思われるロボット開発に苦戦しているのか、また開発したロボットというか、雇われ先に提出したロボットはそんなに性能がよくないようなものだったのか。そして、三年間の雇用期間という意味は?、というのがラストに繋げていく伏線なのですが、その辺りの処理をもう少し適切にしたらと思ったけど、わざと引っ掛かるようにしてたんですよね、そうですよね。そうだと言ってよ……。

 

 物語のネタバレですが、主人公と配偶者は主人公が車を運転中に事故に遭い(この時代は自動運転が主流です。そして、別の車が正面から飛んできてぶつかる事故って……)、主人公は身重の配偶者を残し死亡してしまいます。が、主人公は自分が死んだとは思っておらず、逆に配偶者が亡くなってしまったので、配偶者を取り戻したい一心で(事故前の二人の最後は少し険悪になっていたというのも大きな理由だと思われます)、自身の技能(ロボット工学?)とアーカイブに保存された配偶者の記憶を使って、配偶者をロボットとして蘇らせようとします。

 

 アーカイヴから奇跡的に配偶者のデータを取り出せた主人公は先ずはロボット1号機にデータをコピーしますが、精神年齢的には5歳児程度で腕がないタイプとなりました。続いてロボット2号機を製作しますが、精神年齢は16歳程度で、しかも見た目がロボットロボットしていて、主人公がそれを醜いと思っていることに心を悩ませる思春期全開タイプになってしまいました。

 

 主人公は1号機や2号機には内密で人間型の3号機を製作していくのですが、その秘密行為に2号機がヤキモキし、仕事の成果を出さない主人公に業を煮やした主人公の雇用先の上司(演じるのはローナ・ミトラでした、気付かなかった)はガミガミ言うという状況です。そして、配偶者の記憶を格納しているアーカイブにもそろそろ終わりが近付いてきていました。

 

 主人公は焦りつつも3号機を完成させ、やっと容姿的には配偶者にかなり近付いたロボットとなりました(レプリカントに似たような完成体です)。しかし、2号機の嫉妬も暴発し、入水自殺してしまいます。会社の秘密を漏らしたとかなんとかで、仕事場兼自宅に会社からは制圧部隊を送られてしまい、主人公達を追い詰めます。そこにアーカイブからの電話が鳴ります。主人公がそれに出ると、そこには配偶者の声と子供の声が聞こえます。そう、亡くなってアーカイブされていたのは主人公でした。というお話です。最後のオチはある程度予測がつきましたが、凄くガッカリ感があるというか。辛気臭い雰囲気が余計に増したというか。

 

 主人公が実はアーカイヴの中の人物であり、夢の中の主人公の感情?状況?を描いていると思われるので、所々で「おや?」みたいなものを感じるのは、演出的にわざとやっているのだと思います。それでも、主人公は酷い奴です。身勝手過ぎます。という部分だけが強く印象に残ってしまいましたね。

 

 こういったテーマって昔からよくあり、それを今の映像技術で焼き直したって感じがします。映像は綺麗でしたし、ガジェットもよかったのですが、もう少しなんとかならんかったかなというのが正直な感想です。

 

 ロボットの入水自殺の映像化って、史上初じゃないでしょうか。結構その予兆を映像で示していて、これはいいプロットだと思ったのですが、死体?もあっさりと引き上げられたという顛末で、劇中では軽く処理されてしまったのもなんともかんとも。

 

 ロボット(3号機の未完成状態時も含め)はCGではなく、最初のスター・ウォーズの時のように着ぐるみだったそうです。それは味があってよかったと思います。

 

マトリックス レザレクションズ

軽くネタバレしていますが、マトリックスの場合、事前に色々と情報を得てから観た方が面白いかもしれません。特に一回しか観ない場合は(という言い訳です)。

 

 

 

 

 

 

 

 殺し屋を引退したジョン・ウィックは自分の今の生活が夢の中なのか現実なのかの区別がつかなくなり、行きつけの店でよく遭遇する元配偶者(恋人)に似た人妻に、周りからの支援も受けて猛アタックして略奪するという恋愛映画でした。

 いや、マジでこんな映画です。

 色々と言いたいことはあるんだろうけど、これなら続編という位置付けではなくて、リブートとした方がまだ楽しめたと思いました。主演はキアヌ・リーブスのままでいいけど(笑)。

 と、観終わった直後は思っていましたが、本作はジョージ・A・ロメロ監督の『Night Of The Living Dead』に対する『Dawn Of The Dead』のように、一作目からの続編でありつつ一作目(というか初期三部作かも)のリメイクという映画だったように思えてきました。リメイクでもあり続編でもあるという構造だったんじゃないかなと。勿論、リブートという意図もあったように思います。

 鑑賞中は、監督の意図としては一作目は忘れてほしいと思っているんじゃないか、結果的に一作目をパロディ化してしまったんじゃないかと受け取っていたのですが、リメイク(やリブート)の要素もあるのだとするとこういう扱いにせざるを得なかったのかなと思い直しました。

 過去作を観ていなくても楽しめるように作っているといいますか、過去作を知っているともっと楽しめるという作り方ではなく、過去作を知っていれば別の楽しみ方ができるように作っているように思えました。

 これまではネオ(男性)が救世主扱いされていましたが、今回はトリニティ(女性)がその立場になったということで、それは監督自身を反映しているかもしれないけど、一作目からの流れと比べてしまうとパロディになってしまうことを恐れているようにも思えました。だから過去作をゲームの中の歴史として取り扱う設定にしたのかな。

 本作でのネオは狂言回しというか、単に振り回される立場でしかなく、うる星やつらで言えばラムか面堂終太郎のポジションでしかないんですよね。うる星やつらの主人公は諸星あたるだから(まさかうる星がリメイクされるとはw)。

 ただね、なんだろう、色々と作り手側の思惑みたいなものは感じつつも、どうも煮え切らないというか、だから何?という気持ちが残るというか。娯楽映画ではないと言われればそれまでだけど、もっと観客を楽しませるという意気込みだけはほしかったなというか。

 

レイジング・ファイア

ドニー・イェンニコラス・ツェーのファンの方なら必見の映画と言い切れます。

 

 

 

 

 ドニーさんの警棒バトルもあることから『SPL/狼よ静かに死ね』のドニーさん版バート2の趣の映画かと思いましたが、シリアスさをSPLから引き継いだ『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』(こちらもドニー・イェン主演、ニコラス・ツェー共演で兄弟の設定です)の続編というか兄弟喧嘩編の映画という感じでした。

 いつもの皆さんが役柄と立場を変えて登場します。それだけでもご飯を何杯もってわけじゃないけど、2杯くらいは食べられます(笑)。肉弾バトルも凄いですが、銃撃戦も凄まじいです(手榴弾怖いよー)。シリアスさが苦手な人でもアクションだけ追っていても十分に楽しめるとは思いますが、物語の展開も重いけどなんか惹きつけられるんですよね。『SPL/狼よ静かに死ね』や『導火線 FLASH POINT』が好きな人(というかその映画でのドニーさんのキャラクターが好きな人)はかなり楽しめる映画だと思います。個人的にはこういう映画をもっともっと観たいです。

 製作設計的には、ニコラス・ツェー側の視点でのテーマ構築だったように思えます。ただそれだけでは色々と問題が出そうなので、表裏一体的な立場でドニー・イェンの演じたキャラクターを設定し、一応主人公ポジションに座らせてわざと視点の中央をずらしたのかなという印象を受けました。それによって映画に重厚さが出たのは計算していたのか計算外だったのか分かりませんが。テーマ的にはよくあるものなので、ちょっとした工夫をという意図もあったかもしれません。

 正義から悪になったというか(闇堕ち)、正義の暴走から結果的に悪になったというよりも、正義を拗らせた者同士の対決に思えました。拗らせた者同士だけど、軸足だけは正義に置いたままなのか(ドニー・イェン側)、(正義側から見ると)悪に置いしてしまったのか(ニコラス・ツェー側)、二人の違いはそこだけだったような、そういう印象です。

 シリアスで重い話なのに、本映画の監督であるベニー・チャン氏が亡くなれているということから、エンドロールで撮影中の写真が流れるんですが、なんか昔の香港映画のNG集のようでもあり、映画の雰囲気というか余韻には合わなかったように思い、気持ちがモヤりました。映画と追悼は別ではないでしょうか。そこはしっかりと分けてほしかったです。それだけが残念でした。

 

青柳優馬VS野村直矢

 令和3年12月16日、野村直矢選手の全日本プロレスラストマッチの対戦相手は青柳優馬選手。青柳選手の立候補で決まりましたが、青柳選手の言うとおり二人の間には誰も入る隙間なんてなかったと思うから、この対戦カードでよかったと思う。

 野村選手はよく言われるように本当に全日本プロレスのレスラーっていう印象が強いです。特に80年代の雰囲気を感じます。なんでそう感じるんだろうか。周りが言ってるからそう思い込んでいるのだろうか。でも、そう感じてしまうから仕方がない。

 対して青柳選手は昔のNWA系の匂いがするんですよね。ダーディーファイトが得意だし、かといってテクニックがないわけじゃないし、試合運びもうまいし。

 野村選手は2年近く欠場していたとは思えない仕上がりで(欠場前と変わらなかったと思う)、動きもよく、攻めも受けも以前の彼のままでした。力強さもあったし。先日、退団を報告したときに足を引き摺っているように見えたのと、左手に力が入らないことがあるという発言もあって、かなり心配していたのですが無用でした。

 できるならば、今のこの二人のシングルマッチは三冠戦という舞台で見たかった。

 二人の試合を見ていて感傷的になったのは(好試合ではありましたが)、誤解を恐れずに言えば、秋山体制下の全日本プロレスの最終回を見せられたような気になったからかもしれません。もっと言えば、2015年下半期からの主力選手大量退団からの宮原健斗選手の躍進、宮原時代の全日本プロレスの最終回だったかもしれません(それなのに主人公である宮原選手はその場にはいないというねw)。

 それとも、青木隊長が残した最後の食事だったからかもしれません。私達はそれを食べてしまったのかも。

 彼が今後プロレスを続けるのか(このパフォーマンスは1試合のみだからできたのであって、連戦ではできないということなんだろうか)、別の道に進むのかわかりませんが、試合後のリング上で青柳選手が言ったようにまた会える日が来るんじゃないか、それを待ち続けようじゃないかと。

 宮原健斗ジェイク・リー野村直矢青柳優馬。この4人が全日本プロレスを引っ張っていくんだって思っていました。だから、なんかぽっかり穴が開いちゃってるけど、去っていく人を引き止めても仕方がないし、残る人間でこれからの全日本プロレスを作っていけばいいと思うし。でも、でもね、やっぱし寂しいよ。

 試合後のバックステージコメントで青柳選手がかなり背広組を批判しているようだけど、何かあったのかな。それが心配。

キャッシュトラック

ネタバレしています。

 

 

 

 ジェイソン・ステイサム(主演)、ガイ・リッチー(監督)の二人が久し振りにタッグを組んだ映画が早くもAmazonプライム・ビデオにあったので鑑賞しました。ついこの前まで劇場公開してましたよね。観に行こうと思ってたんですが、時間が合わずに断念していたのでこんな早くに観れてよかったです。

 本作はフランス映画の『ブルー・レクイエム』という映画のリメイクとのことです。ステイサム主演ですが、ガイ・リッチー監督ということもあってか、いつもの彼の無双はありません。強盗団?のボスであり戦闘能力はかなり高いですが、敵側も退役軍人の集団なので結構ぼこられてますし、タイマン勝負でもなんとか勝てたっていう程度の扱いです。

 重々しい雰囲気というか、息が詰まるような雰囲気が全編に渡って漲っているので(閉塞感もあります)、観る人を選ぶ映画でもあるかと思います。結末も一応ステイサムは復讐を果たすのですが、スッキリしないような終わり方(余韻がないからかも)という印象も強く、一言で言えば重苦しい映画でした。

 強盗団のボスのステイサムは息子にはメロメロです。映画におけるマフィアのボスって息子にメロメロ設定が多いですよね。息子と会う日に何故か職場では現金輸送車を襲う手筈の日で、そういう日に息子と会う日を設定しちゃってるステイサムはダメダメだろう(この日は息子の試合か何かがあったので仕方がないけどね)。違う、そうじゃない。

 ステイサム一味が狙っていた現金輸送車を退役軍人集団も襲う計画を立てていて、襲撃ポイント的に退役軍人集団の方が先に襲う形となりました。部下のドジ?で仕方なく現場に居合わせたステイサムの息子は殺され、ステイサムも何発も撃たれて重傷となります。

 息子の仇を討つために裏組織の人達をボコったりして調査しますが犯人の糸口は掴めず、警備を担当していた警備会社に内通者がいるんじゃないかと部下に言われたステイサムは、その警備会社にFBIにも協力してもらい、これまでの身分を偽って経歴を詐称し警備員として潜入します。

 退役軍人集団はブラック・フライデーに警備会社の倉庫にお金が集まるところを一挙に掠め取るという計画を立て実行します。退役軍人集団も犠牲者を出しつつ、最後はステイサムの息子を直接殺したジャンという男が生き残り、まんまと一人でお金を奪って脱出します。

 ステイサムはなんとか退役軍人達を殲滅しつつ生き延びてて、混戦の中で現金が入った鞄の中にスマホを仕込ませることに成功し、そのことでジャンの居所を突き詰めて、息子が殺されたのと同様の方法でジャンを撃ち殺して部下が運転する車に乗って去って行き、映画は終了です。

 ステイサムの仲間達もいい味出してるキャラクターが多いのですが、必要なかったように思います。物語に重厚さを加えるというよりかは、ノイズにしかなってないように思いました。がっつりカットしても映画としては成り立ってしまうので、もっとシンプルにしてもよかったような。この仲間達が終盤にステイサムの援護に登場し、退役軍人集団と集団バトルなんてやってくれたら大喜びでしたが、そういうこともなく。

 時系列をいじくるのってガイ・リッチーの得意技でしっけ?うまく押さえてはいると思うけど、時系列をいじくる展開をテクニックとして見せたかっただけなのかなという印象が強かったです。時系列をいじることで効果的になる場面もあれば、単にややこしくなっただけという側面もあり難しいものです。

 

2021世界最強タッグ決定リーグ戦

 全日本プロレスの年末の風物詩、2021世界最強タッグ決定リーグ戦は、宮原健斗青柳優馬組のNEXTREAM・ビジネスタッグチームの二連覇で幕を閉じました。多くの全日本プロレスファンにとっては(彼らのファンでなくても)大団円の幕切と思われた方は多いのではないでしょうか。

 今回は16のタッグチームがそれぞれ4チームずつAからDの4つのグループに分かれてグループリーグ戦を行い、各グループの1位が優勝決定トーナメントに進出できるという、サッカーワールドカップのような構成でした。不謹慎な想像ですが、このチームは激戦区から勝ち上がってきたチームっぽいな、このチームはあまりサッカーが盛んではない地域代表っぽいなとか勝手に思って楽しんでいました。

 これまでは1グループか2グループでの総当たりリーグ戦が主だったので、結構批判的な意見も目にしましたが、上記のように私は一戦一戦にトーナメントのようなシビアさも加味されて、結構面白い取り組みだったんじゃないかなという意見です。こういう形式はサッカーワールドカップで慣れていたというのもあると思います。

 二連覇を果たした宮原健斗青柳優馬組ですが、私は優勝してほしいと思っていましたし、予想もこのチームにしていましたが、心の奥底(笑)ではツインタワーズ石川修司佐藤耕平組)が優勝だろうなと思っていたのは内緒だ。

 Aグループ(諏訪魔芦野祥太郎組、暴走スープレックス)、Bグループ(宮原健斗青柳優馬組、NEXTREAM・ビジネスタッグ)、Cグループ(真霜拳號KAZMA SAKAMOTO組、勤王党)、Dグループ(土肥こうじ・羆嵐組、土肥羆)がそれぞれ勝ち上がりましたが、Cグループ以外は順当だったと思います。Cグループは上記のとおり、私の裏の予想では優勝としたツインタワーズが来ると思っていたのでびっくりしました。勿論、勝ち上がってきた真霜拳號KAZMA SAKAMOTO組も素晴らしいタッグチームですが(もっとタッグで全日本プロレスに参戦してほしい)、二人が組むのは10年振りくらいだったことから、それが不安要素だよなということでツインタワーズが来ると思ったんですよね。ツインタワーズは個々の力が強い分、今回はそれで押し通そうとしたのが敗因だったかもしれません。

 優勝決定戦の前に、野村直矢選手の退団の挨拶がありました。これが彼の復帰なら盛り上がったのでしょうが、全日本プロレス退団のお知らせ(引退とは言っていないのが引っかかる)ということで、秋山体制下での初の練習生でデビューし、将来のエースとまで思われていた選手の退団で、ほとんどのファンは予想はしていたとはいえ衝撃が大きかったと思います。会場がまるでお通夜みたいな感じになったように見えました。

 その雰囲気の中で、宮原健斗青柳優馬組と土肥こうじ・羆嵐組の対戦が始まりましたが、両チームの熱戦が次第にお通夜のような雰囲気を払拭していったと思います。素晴らしい優勝決定戦でした。羆嵐選手が軽やかにトップロープに登ってダイビングセントーンを発射したときには土肥羆チームの優勝かと思いました。

 翌日、なんと岩本煌史選手の退団も発表され、なんか宮原健斗青柳優馬組の優勝を素直に喜んじゃいけないような雰囲気を作り出す全日本プロレス側にかなりの疑問が生じました。2021世界最強タッグリーグ戦は素晴らしかったのに、なんかその熱戦に水を差すような。契約更改の時期だから仕方がないんだろうけど。

 また、大日本プロレスのアブドーラ・小林選手が三冠挑戦まで辿り着くというストーリーも展開されましたが、これも世界最強タッグリーグのシリーズ中に行う必要があったのかなと。この展開がダメということではなくて、世界最強タッグリーグ中はそれに集中させた方が(観客もレスラーも)いいんじゃないんだろうかと思った次第です。コロナもあって、なかなかシリーズを組めなくて、日程も少ない中で並行してストーリーを展開させないといけない事情があるかもしれないけど、なんかそれで散漫になってやしないかなー。

ザ・クーリエ

disっています。感想は勿体ないなーの一言ですよ。

 

 

 オルガ・キュリレンコ主演、ゲイリー・オールドマン共演の映画をAmazonプライム・ビデオにて鑑賞しました。「未体験ゾーンの映画たち」枠で劇場公開されていたんですね。簡潔に言えばゲイリー・オールドマンの無駄遣い振りを楽しむ映画で、それはそれで自分好みだったりします(笑)。いい場面や展開は幾つもあるのに、点が線になっていなかったのが勿体ない。ほんとに勿体ない。

 映画の冒頭は、この映画のクライマックス前の場面から始まります。おそらく、最初の展開がトロいというのは製作陣も分かっていて、掴みの部分を先に流して興味を惹きつけるという手法を選択したのでしょうが、この展開も含めてですが総じてこの映画は編集が下手だなという印象が残りました。勿体ない。

 ゲイリー・オールドマンを下手にキャスティングできたもんだから、彼の出演時間を割かないといけないことがこの映画の足枷になってしまったと思います。重厚ながらもこの映画のクオリティに合わせた演技をしているゲイリー・オールドマンですが(ほんまにそれはそれで凄い)、主演のオルガ・キュリレンコとはとうとう直接出会わず(ゲイリー・オールドマンはニューヨークにいる設定だし、オルガ・キュリレンコはロンドンにいる設定ですしね)、彼独自の世界観を構築しつつ終了というのはそれでよかったのだろうかと疑問に思いました。勿体ない。

 登場人物はそれぞれ個性的で凄くいいし、演じている役者さんも素晴らしいとは思うのですが、それがどうも活かせていないというか。裏切る女性捜査官も含め、ゲイリー・オールドマンの娘とか、娘にちょっかいかけられる捜査員とか、殺し屋の人とか本当にいいキャラなんですよね。キャラ設定もキャスティングもいいのに、それらが融合されてなかったのは勿体ない。

 また、人体破壊場面が何箇所かあったりしました。個人的にはいいぞもっとやれと思ってしまいましたが、全体の雰囲気には合ってないような唐突感もあったりと、そういう部分でもやはり勿体ない。

 バトルはなかなかリアルな感じで、相手が主人公より体格に勝る屈強な大男が多かったりしたこともあってか、女性としては大柄なオルガ・キュリレンコであっても、主人公無双もなく見せていたのはよかったと思います。何気にオルガ・キュリレンコも177cmあるのに、劇中ではそんなに彼女の背の高さを感じさせないほど、ほかの役者さんも高身長の方を揃えられていたようです。そこからもう少し工夫があれば尚よしだったんですけどね。やっぱり勿体ない。

 敵側が主人公を殺したいのかそうでないのか、行動論理が不安定になるのもうーんという感じでした。別に捕まえなくても脅威となっている主人公を殺した後に、素人(一般人)の証人を時間的制約がある中だけど探して殺せばいいだけだったし。結局、主人公を尋問しても吐かなかったから(まぁ、証人を誘き出すという作戦でそれは成功したんだけど)殺そうとしたりで、作劇の都合に振り回してしまった結果になってしまったのが勿体(以下ry)

 最後の場面はギャグでしょう。と書いていたのですが、数日経ってどんな場面だったかすっかり忘れました(爆)。続編を作れそうな設定ではあるのでいつか作られるかもしれないですね。

 オルガ・キュリレンコはいい役者さんだとは思うのですが、私の中では彼女自身の代表作みたいなものがないよなと思ってしまう役者さんでもあります。この映画の勿体なさの全開に、そんな彼女が妙にマッチしていたのは皮肉なんでしょうか。

宮原健斗選手はこれからどう動くのか

 先日の全日本プロレス10.16大田区体育館大会での三冠戦、王者ジェイク・リー選手対挑戦者宮原健斗選手の一戦は、熱戦の末60分時間切れ引き分けという結果となりました。その試合後のジェイク選手のコメントが、私には宮原選手への惜別の言葉のように聞こえます。

 最初に聞いたときはジェイク選手なりの宮原選手へのエールだと思っていましたが、何度か聞いているうちに、ジェイク選手なりの感謝を込めた言葉で宮原選手を全日本プロレスから送り出そうとしているんじゃないかと思い始めました。そうなるともう宮原選手への別れの言葉にしか聞こえなくなりました。

 去年に三冠を落としてから宮原選手はずっと悩んでいたように思えます。このまま全日本プロレスに留まっていてもいいのか、と。そんな宮原選手を一番理解していたのはジェイク選手であり、だからこそ宮原選手が心残りなく旅立てるようにお膳立てをしようとジェイク選手は劇的に変わることを選択したのかなとも思えたのです。

 思い起こせば、2015年12月の世界最強タッグリーグの最終戦、優勝を決めた宮原健斗諏訪魔組が試合直後に仲間割れし、諏訪魔選手率いるEvolutionの面々に襲われた宮原選手を助けたのがジェイク選手でした。その流れでNEXTREAMを結成、共闘することになります。宮原選手が史上最年少で三冠王者になり全日本プロレスを引っ張っていく様を一番間近で見ることにもなりました。そして、ジェイク選手はいずれは宮原選手の対角線上に立つ選手として、ファンからも団体からも期待されてきました。

「これからの全日本プロレスは俺に任せてくれ」

 今回の三冠戦でジェイク選手はそう宮原選手にずっと語りかけていたのかもしれない。そう思いました。

 宮原選手が今後どう動くのか分かりません。ただ、私の希望としては数年後に、宮原健斗ジェイク・リーのNEXTREAMを全日本プロレスのリング上で再び見たいということだけです。