悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2018©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

海を駆ける

ラストのネタバレをしていますし、かなりdisっています。

 

 

 

 ディーン・フジオカ主演の映画で、予告編が印象に残っていたので観てきました。え?ディーン・フジオカが主演なんでしょ?1時間40分くらいある映画で、正味彼が映ってる場面を集めても15分にも満たないくらいじゃないですか???

 ディーン・フジオカの役は不可思議な力を持った、ミステスリアスな男性ではありますが、多分、お話の中心ではないし、その存在がお話をかなりかき回すってほどでもないですし。どうして、ディーン・フジオカの集客力を見越しての主演扱いなんかなぁ。集客力があるのかないのか分かんないけど。

 お話は、インドネシア人(父親)と鶴田真由さん演じる日本人(母)のハーフでインドネシア国籍を取得したという設定の太賀さん演じる大学生のタカシ、そのいとこのサチコ(サチコの母親が鶴田真由さんが演じる役の妹っていう設定みたい)、タカシの大学の友人のインドネシア人のクリス、クリスの幼馴染の新聞記者志望のイルマという4人を中心として動きます。つか、主人公ポジはサチコですね。

 ディーン・フジオカの役はネタバレすると、海からやって来た何者かで(人間ではないと思います)、テレポーテーションができたり、多言語を話せたりするほか、人の生死に関与できる(多分)力を持っているようです。劇中でも、ちょっと痴呆が入った息子を亡くした老人、タカシの母親、少年4人を屠っています。その代わりといってはなんですが、熱中症で倒れていた少女を治したり(多分、痴呆が入っていた老人の命と引き換えっぽい)、高熱を出していたサチコを回復させたり、枯れた花を咲かせたり、漁で引き上げられて既に死んでいたはずの魚を復活させたりしています。

 分からなかったのは、タカシの母親を屠った理由ですね。その直前に追いかけていた蝶々を捕まえるためのように見えたのですが。あの蝶々は死にかけていたから、なんでしょうか。それにしては、そうは見えない場面の撮り方はダメだと思います。

 少年4人を屠って、浜辺で村人に追い掛けられそうになったら、「そろそろ帰らないと」と言って、海へと去って行くディーン・フジオカ。って、こういう終わらせ方でいいのか。

 と、文句ばっかりでいつものようにdisってしまっていますが、不思議と最後まで飽きずに観られたんですよね。お金返せよとも思わなかったんですよね。もう二度と観たくはないですけどね(笑)。
 飽きずに観られたという理由は、太賀さんの演技というか、彼の演技のリズムのお陰じゃないかなと思います。彼の演技は『南瓜とマヨネーズ』で初めて観たのですが(『桐島、部活やめるってよ』のほか、彼のフィルモグラフィを眺めると何度かスクリーンでお見かけしているようなのですが)、あの映画も面白くはなかったけど(言っちゃったよw)、彼の演技だけはとても印象に残っていたのです。本作も同様に、彼の演技だけが印象に残ってしまっています。ディーン・フジオカは、映画のラストと同様に、もう私の記憶の海の中に消えてしまいました。

 Filmarksで他の人の感想をちらっと読んだのですが、どうやら私は、同じ題名で、同じ出演者で、同じロケ地で、同じ製作陣の別の映画を観たようです。どう好意的に解釈しても……。

 

四月の永い夢

ネタバレしています。ちょっとだけdisってるかもですが、いい映画だったと思います。

 

 


 三浦貴大という素晴らしい役者の童貞力、ち、違った、童貞感、こ、これまた違った、朴訥とした雰囲気は、彼の唯一無二の武器になってしまってると言い切ってもいいような気がします。メインでも脇でも、というか、完全に脇じゃなくて、メイン寄りの脇が彼が俳優として一番輝くポジションのような気もします。メインを喰って光るんじゃなくて、メインを光らせて自分もさり気なく光るという絶妙さを身に付けてしまったと思います。

 で、映画ですが、なんかふんわりしたような感じの映画でした。主人公が背負ってるものは重いというか、取り返しのつかないもの(少なくとも主人公はそう思い込んでると思います、現実的にはえ?な感じですがw)であるものの、それを強調して描くのではなく、そういうものを背負っている主人公を、第三者的な視点で見つめているような印象を持ちました。

 好きになる映画というよりかは、嫌いになれない映画でした、私にとっては。かなり大好物な部類です。ただ、主人公のセリフまわしが、時々アニメっぽくなるのだけは正直辛かったです。

 冒頭の場面とか、綺麗な場面ではあるのですが、私が鑑賞した映画館の問題なのか、この映画の元々の問題なのか分かりませんが、発色がよくなかったように思います。これがもうちょっと色味が鮮やかであれば、もっと主人公の日常がいい意味で引き立てられたと思うのですが、最初の場面(終盤でも出てきますが)の少し沈んだ色味の印象が、このあとに続く主人公のいる風景に映画が意図していない暗さをもたらしていたように思うのです。

 おそらくこれは映画自体の技術力の問題のような気がしますが、もうちょっとこの場面に予算と時間を掛けた方がよかったように思います。主人公が一歩踏み出したのかどうかを観客に提示する場面だと思いますし、それがこの映画で伝えたいことだと思いますので。

 主人公は元中学校の教師(音楽?)でしたが、三年前に亡くなった元カレが原因(なのかな)で教師を辞め、うどん・そば屋でアルバイトをしながら一人暮らししています。フリーターですね。主人公が言うには、今は居心地のいい空間・時間の流れなようです。

 先にネタバレしますと、主人公は元カレが亡くなる四か月前に既に別れていたのでした。ただ、元カレの両親をはじめ、友人達らは主人公と元カレが別れていたことを知らず、元カレが亡くなってしまったことによってそれを周囲にも伝えるタイミングを逸してしまい、周囲の(おそらくそのまま結婚したであろうと思われていた)元カレの死で主人公はかなりショックを受けてしまっているという誤解(死んだことにショックは受けてるけど)の波に、主人公の心はかなり奥底に流されてしまっている状態だったのです。だから、主人公は居心地がいい空間・時間の流れを求めていたのです。(←個人の感想ですw)

 で、書いていて気付きましたが、主人公は冒頭から元カレって言ってるんですよね。それは、交際中に亡くなったという意味ではなく、亡くなる前に別れていたという、本来の意味での元カレとして言ってたんだな、と。でも、誰もその本来の意味には気付いてくれいないし、自分もそうじゃないよんだよと言い出せない、そんな状態だったんだな、って。

 世間一般的に、一歩を踏み出すことがよいとされているけど、個人的には本当にそうなのかな、とも思うのです。今が居心地がいいなら、それが例え逃げた結果だったとしても、それはそれでいいんじゃないのかな、と。一歩を踏み出すことに勇気がいるのと同様に、一歩を踏み出さないことへの勇気もあるんじゃないのかな、と。

 最後、主人公は一歩を踏み出したのかどうか。私は一歩を踏み出したと思います(三浦貴大の謝罪を聞きに行くと思うしw)が、なんか、主人公の最後の笑顔に少し引っかかったのです。中盤で、三浦貴大が主人公に向かって(主人公の)笑顔がどうこうと(詳細忘れたw)言いますが、なんとなくそれが伏線で、この主人公なら、今の居心地のよさを捨てない=一歩を踏み出さないのではないか、なんて思っちゃったのです。

 元カレは多分自殺したという設定なのかな(この監督の前作は本作ともシネマバースしてるのか)とも思いましたが、私はこの映画からはそうとは感じ取れなかったので、この感想ではそこには触れませんでした。

 

きみへの距離、1万キロ

ネタバレ全開で、disりも全開です。

 


 米国から遠隔操作の蜘蛛のようなロボットを使って、北アフリカの油田周辺を監視する会社に勤める主人公。主に夜勤です。そして、彼女にフラれたばっかりで情緒不安定です(彼女の浮気っぽいけど、まだ未練タラタラ)。

 遠隔監視中に、両親に結婚相手(相手は年の離れたおっさん)を決められて憂鬱なヒロインと、その彼氏の会話を盗み聞きして、勝手に応援することに。ヒロイン(と彼氏)を国外脱出するためのお金を送金したりと、経済的援助も惜しみません。必死のアピールもあってか、ヒロインに怪しまれながらも懐に潜り込むことに成功。

 しかし、彼氏は国外脱出のための資金集めに焦り、油田から石油を盗む仕事を引き受けてしまいます。盗んでいるところがバレて、主人公が操作するロボットが向かいますが、そのロボットを破壊しようとする彼氏。彼氏が石油ドロやってる場面で、地面に漏れ落ちる石油のカットを入れていることから死亡フラグ全開なのは分かりましたが、ロボットを破壊しているときに火花が散って漏れていた石油に引火し、やはりというか彼氏も燃えちゃいます。

 主人公はヒロインに彼氏が死んだことを告げ、ヒロインだけでも逃げることを提案。そして、運命の人は一人だけじゃないと切々に訴え、一年後のパリのとある公園で会いたいと持ちかけます。まぁ、主人公が自分の部屋の壁にヒロインを隠し撮りして印刷した紙を貼ったりしているあたりから、あぁ惚れたんだなぁというのは分かりますが、分かりますが唐突です。この映画の冒頭でフラれた元カノに似てるわけでもないし。

 ヒロインは無事に国外脱出し、パリの公園で主人公とあって、二人抱き合ってエンドです。つか、主人公、行ったこともない外国の公園なのに事前に調べてもおらず公園の広さに驚いていたりとか、時間ギリギリに着こうとしたのか乗車中のタクシーが渋滞に巻き込まれて怒ったりと、色々と頭が残念なんですっていう描写があるんですが、これってワザとなんだろうか。

 兎に角、主人公がキモいです。単なるストーカーです。ヒロインはヒロインで、彼氏が死んで悲しんでるかと思いきや、何故か会ったこともない主人公にすぐに乗り換えという、なんじゃこりゃな映画でした。

 ただ、監視用のロボットはいい。言語翻訳機能も優れているし。翻訳の仕方も色々とパターンがあるみたいですし(穏やかにとかノーマルとかだったと思う)。ほしい、このロボットはほしい(笑)。

 

「WRESTLE-1 TOUR 2018 TRIUMPH」5.2大阪・東成区民センター大会

 行ってきました。最初に書いちゃいますが、前半は良かったんですよ。でも、後半の試合がgdgd。何か、印籠的な感じで、これぞWRESTLE-1のプロレスだって思わせるような試合がなかったように思います。これぞWRESTLE-1っていう試合がどういうものかは、私にも分かりませんが(笑)。

 第1試合のアレハンドロVS頓所隼の対決ですが、この二人は手が合うのか、なかなかいい攻防で楽しめました。頓所選手は今のスピードを落とさずにもう少し体の厚みを増せば、クルーザー級を引っ張っていけるような選手になるんじゃないかなと思ったり。アレハンドロ選手は、メキシコ修行が本当に身になったんだなぁと、何故か遠い目になっちゃいます。

 第2試合は、立花誠吾&ドランク・アンディのEnfants Terriblesから追い出されそうな感じのタッグチームと、三富政行ダイナ御堂のチームの対決。立花選手は、キャラの確立のさせ方が素晴らしい。しかも、結構試合巧者だったりするし。まだそんなにキャリアはないのに(3年目くらい?)。三富選手と御堂選手は呼吸が合わない箇所が幾つかあったけど、立花選手のかき乱し振りに助けられた感じ。

 第3試合は、木村花VS朱崇花の対戦。前回の後楽園ホール大会で、タッグとは言え朱崇花選手にフォール負けした木村選手はリベンジに燃えており、それが試合にも燃え移って、熱闘になりましたが、朱崇花選手が木村選手を返り討ちに。まだまだ実力差があるのがハッキリと分かる試合でした。朱崇花選手は女子の選手としては大きな体ですが、動きが良くて素晴らしかったです。木村選手も悪くはないのですが、今回はガムシャラさが裏目に出たように思いました。

 第4試合は、社長(でも代表取締役ではないよ)のカズ・ハヤシ&タナカ岩石VS守屋博昭&上野友暉のタッグマッチ。守屋選手は関係者(敢えて客とは書かない)を会場に連れてきてくれるから接待してるんだろうけど、それを客に見せてどうするのって言いたい。私はプロレスを観にきたんであって、プロレスファンのじゃれ合いを見にきたんじゃない。それもプロレスというなら、私はいつでもプロレスファンを辞めるよ。しかも、未来のあるタナカ岩石選手を負けさせるなんて。情けないよ。上野選手は良かったです。

 この試合でテンションがダダ下がりました。折角、前の試合までで会場をかなり温めていたのに。何をしてくれとんねんって感じです。もう、守屋選手はWRESTLE-1のリングには上げないでほしい。せめて、カーベル伊藤選手くらいじゃないと。って、守屋選手と比べたらカーベル伊藤選手に失礼ですね(と、ここでヨイショしておこうw)。

 WRESTLE-1の会場ではお美しいリングアナの櫻田愛美さんが、休憩は10分程度ですとか言ってたのに、木村選手のサイン会で並んでる人が多くて、その処理(じゃなくて対応ですよねw)に手間取ってか、30分近くの休憩だったような気がします。

 第5試合は、黒潮“イケメン”二郎&土肥孝司&吉岡世起の元NEW ERAと、芦野祥太郎児玉裕輔熊ゴローのEnfants Terriblesの対決。イケメン選手の入場は楽しい。けど、試合は場外戦が多かったり、芦野選手がプロとは思えない感じで客に絡もうとしたりと、なんか後味悪い展開。彼らならもっとクオリティの高い試合ができるはずなのに。お茶をかなり濁された感じ。ところどころおっという場面があるからこそ、余計にそう感じました。土肥選手と熊ゴロー選手はどうなっていくのでしょうか。

 メインイベントは、征矢学&近藤修司河野真幸NOSAWA論外&MAZADAのベテラン組と、アンディ・ウー&伊藤貴則&佐藤嗣崇&K-ness.ビリーケン・キッド組の対戦。こちらも、場外戦が多かったりで、リングいらねーじゃん状態。メインまでの試合が盛り上がらなくても、メインが良ければ全て良しになっちゃうのがプロレス興行だと思うのですが、結局、この試合も盛り上がらないまま。若手の佐藤選手をよってたかっていじめてるだけのようにしか見えず。佐藤選手は結構デカいから違和感ありまくり(翻弄しているっていう感じじゃなかった)。しかも、どこかの木偶の坊のように動きが悪いってわけでもないし。これから期待大ですが、WRESTLE-1で成長できるのかどうか。全日本プロレスに来いよ、なんて言っちゃいそう(笑)。

 WRESTLE-1だけじゃなくて、全日本プロレスもそうですが、大阪に来たからといって、大阪で活動しているプロレスラーを上げなくてもいいと思うのです。まぁ、チケット売ってくれたりとか、営業関係もあるんでしょうけど。私は、WRESTLE-1全日本プロレスという団体の興行を観たいのであって、大阪で活動しているプロレスラーの試合を観たいわけじゃないんですよね。提供試合で1試合くらいなら問題ないですが、諸々と絡んでくるのは勘弁してほしい。昔、大阪プロレスは大好きでしたし、観にも行きましたが、それは大阪プロレスだからこそ楽しめたのであって、別の団体でそれを観たいわけじゃないんですよ。

 今回は、ごっつ楽しみにしていただけに落胆も大きいです。こんなクオリティの低い大会しかできないのが、今のWRESTLE-1なんだろうか。

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

直接的にはネタバレしていませんが、disってはいるのかなぁ。

 

 


 映画としての完成度はかなり高いと思います。例えば、ヴィジョンとワンダのスコットランドの一部屋での場面で、二人の関係性、これまでの時間、それからというものを観客に提供しています。そんなに大袈裟なセリフもなく、必要以上に感傷的にもならずに。こういううまさが全編に溢れています。

 アクションも素晴らしいです。この動きを単独映画でたくさん観たかったよブラックパンサーさんよーって場面や、キャップの痺れるような登場の仕方(アベンジャーズ一作目のドイツの場面を思い出しました)、ブラック・ウィドウ&オコエwithワンダと敵の中ボスとの戦いとか、本当に凄いです。サノスとハルクの肉肉しいまでの殴り合いも良かったです。チーム対チームの対決とか、こういうのを観たかったんですよ。

 ただ、アベンジャーズという映画に求められてるものってこういう内容なの?展開なの?って思ってしまうのです。アベンジャーズはヒーローが集合して戦う場なのに、それまでの映画の展開を集約するような場なのに、前編的な作り方をしていいのかなと。個人的には、アベンジャーズという名の映画にはストレートで押してほしかったのですが、かなりな変化球で攻めてきたなっていう印象が消えません。

 この映画の主人公は、サノスです。サノスはラスボスの立ち位置でありますが、その使命はアベンジャーズ側とはやり方や最終到達点は違いますが、大雑把に言えば宇宙の平和のためにという大義名分では、アベンジャーズ側と同じものです。アベンジャーズ側と違うのは、アベンジャーズは平和のために自分も犠牲にしますが、サノスは自分も犠牲にするし他者にも犠牲を強いるという部分です。アベンジャーズとサノスは正反対の立ち位置でもないということです。少し違うだけです。違う、そうじゃない、と言う感じでしょうか、雅之さん。まぁ、そのサノスが他者に強いる犠牲が圧倒的なので、反発も出るのでしょうけどね。

 流れ的には、ソーの三作目のラグナロクに似ているように思いました。ハルクというかバナーは本作でもキャラが変わったかのようにコメディリリーフな立ち位置になっていますし。主人公一人では敵わない強大な敵が現れてなんとか倒す(というか、ラグナロクでは倒したことになってたのね)という流れとか。サノスは倒されませんでしたけど。アベンジャーズ視点でのなんか終わり方が中途半端なところも似てると思います。アメコミが好きな人は本作は気に入って、アメコミ自体には特に興味がない人は、中途半端感を抱くのかなとも思います。また、考え方の違う者同士の対立という部分では、シビルウォーでもやってるので、キャラの関係性は違いますが、また同じことかよとも思うわけです。

 ビジョンさんがポンコツになり、ワンダが甲斐甲斐しくお世話をしまくるだけの映画とも言えるかも(笑)。ソーは、ラグナロクと本作によって完全にマイティーという印象からは遠ざかりましたし、ハルクも引きこもりニートになっちゃうし。逆に、アイアンマンがかなり強くなっていたり、スパイビーもなかなかやるなって印象を残します。ガーディアンズの面々はネタキャラ的な扱いで、スターロードさんは戦犯ものの行為をしてしまいます。

 ホークアイアントマンはセリフで政府?に司法取引して自宅軟禁されてるって語られるだけで、画面には登場しませんでしたが、シビルウォーでキャップが助けに来てませんでしたっけ。ホークアイアントマンも家族がいるので、司法取引という選択をしたのかな。ホークアイは次作で出演らしいですね(日本が舞台らしい)。アントマンも続編の映画が公開されるし。どうなるのでしょうか。結局、焦らされたまま、一年以上待たないといけないのがツラいのですよ(泣)。

 

薔薇の葬列

ネタバレしています。

 


 ピーター(池畑慎之介)の映画デビュー作。本作は今まで鑑賞したことがなかったのですが、本作からのピーターの顔のアップ写真は今まで色んなところで遭遇してきて、どういう映画なんだろう?ってずっと興味はありました。今年、シネ・ヌーヴォで本作を監督した松本俊夫氏の特集が組まれ、本作も上映されたので、やっとこさ鑑賞しました。

 モノクロなのに、凄く色彩を感じた映画でした。創作劇なのに、途中でガチ(?)のインタビューが入ったりとドキュメンタリーっぽい変化球を入れたり、当時としてはなかなか踏み込めない領域へ特に気負いもなく踏み込んでいたりと、芸術性を追求しているというよりかは、娯楽性を追求した映画という印象です。いや、双方がいいバランスで成り立っている奇跡的な映画、かもしれません。

 最後の展開はフルチの後期作品のような破滅的で衝動的な爆発があって、それまでなんとなくこの映画から零れ出ていた「抑圧されている社会の中の自分」が湧き上がってくる様が素晴らしかったです。破滅への道でしかないのところも、現代社会に通用する表現なのではないかと思います。本当は通用してほしくないんですけどね(笑)。

 小難しい内容の映画と思われている方もおられるかもしれませんが、全くそんなことはありません。テンポもいいですし、昭和40年代の東京の空気感も味わえますし、想像以上にポップな作りだと思います。

 主人公は、クラブのオーナーと愛人関係にあるのですが、実はクラブのオーナーは主人公の父親なのです。主人公はそれを分かっていて、オーナーの愛人になったと思っていたのです。クラブのママの座を得るためと、幼い頃の自分と母親を捨てた復讐のために、クラブのオーナーの愛人になったと思ったのです。

 でも、ラストでクラブのオーナーは主人公が自分の息子だと知って自殺し、主人公もそれでクラブのオーナーが自分の父親だと知って両目を包丁で刺すのです。主人公が大事に持っていた家族写真、主人公、母親、父親の三人で写っている写真の父親の顔の部分は、タバコで焼いたかなにかで穴がありましたが、観客にはクラブのオーナーじゃんってすぐに分かる写真ではあったので、その展開には???でした。

 

春の魔界都市めぐりツアー2018 大阪

 アメ村のBigtwin Diner SHOVELで行われたライブに参加してきましたよー。ライブは先日のTHOUSAND EYES以来ですが、まさかの同じ場所。

 で、THOUSAND EYESのときは、きちんとチケットの整理番号順に入場だったのですが、今回は開場時間がきたら勝手に入る方式。えっ、チケットに記載の整理番号って何なの?って感じ。お客さんも怒ってる人がチラホラ。そりゃ怒るわ。私も整理番号は若くて、整理番号順に呼ばれるだろうから入口付近で待っていたから最初の方に入れたけど。個人的に実害はなかったとはいえ、魔界都市めぐりツアーのスタッフ、会場であるBigtwin Diner SHOVELのスタッフは猛省していただきたい。二度とこのようなことがないように。チケットの整理番号は関係ないのなら、そうアナウンスすべき。

 いや、ほんとね。公演自体は物凄くよかっただけにね、入場時のお客さん無視な行動で、始まる前にいやーな気持ちにさせるなよって、余計に思いましたね。

 今回のトップバッターは、TEARS OF TRAGEDY。最前列で待ち構えてしまいました。1曲目(「Void Act」)のほんの最初だけボーカルのマイクがオフってるという小さなトラブルはありましたが、その後は的確な演奏で観客を魅了しました。HAYATOさんはミスもなかったな、今回は(笑)。今までのライブでは何かしらミスってたような記憶があるんですよ(爆)。

 ドラムのHIDEYUKIさんは、くしゃみで肋骨を骨折中ながら、ノリのよいドラムを叩かれていましたが、ボーカルのHARUKAさんがぼそっと足の骨が折れるまでドラムの練習をしろと仰られていました。鬼だ。悪魔だ。でも、物販で握手してもらいましたが、いやー、美人です。次回の大阪でのライブは、金髪と野獣と美女というイベントですが、自分は美女にしては弱いと発言されていましたが、いやー、美女ですよ、美女。私が言うんだから間違いありません。

 TORUさんのギターは今日もいい音でした。抜けがいいというか。当然ながら、THOUSAND EYESのときとはかなり違う音色です。YOHEIさんも安定感があって、素晴らしい。ライブ中、運指がキレイだったので見とれてしまいましたよ。

 最新の曲というアナウンスで「Astrea」を演奏されましたが、最新の曲って、HAYATOさんが作った夏の曲(TUBEっぽい曲だったはずが、シャムシェイドっぽくなったという曲w)のはずだ!

 二番手はMardelas。ベースがHIbikiさんから変わってからは初めてのライブ。勢いは今回のバンドの中では一番だったかも。新しいベースの人は、勿論Hibikiさんとはプレイスタイルは違うし、バンドの演奏もその影響はかなり受けていて、ちょっと手触りが変わった感はありますが、個人的には今の方が合ってるんじゃないかな、なんて思いました。5月にニューアルバムが発売されるので、楽しみです。ただ、マリナさんのボーカルがリバーブが掛かり過ぎなのか、キンキンしていたのは残念。

 三番手はSilex。自然に観客を乗せるピートの手腕は素晴らしい。曲も演奏も素晴らしいとしか言えないし、Hibikiさんのベースプレイは自分にとって大好物だなというのを再認識しましたが、Mashaさんのギターが高音がグシャっとなってキンキンしていたのは残念。ライブハウスのせいなのかなー。

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 途中で、司会の真壁さんのWANDS熱唱があったり、本当に色々と楽しい公演でした。夏も秋も冬も来てほしいなー。

 あ、限定3枚のサイン入りドラムヘッド、買っちゃいましたよ、てへ。だって、じゃんけんに勝てたんだもん。

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死霊のえじき:Bloodline

disっていますし、ラストのネタバレもしちゃってるかもです。

 

 ロメロのゾンビシリーズが好きな自分としては、そのリメイクだと言われれば観たいと強く思ってしまうのが人情です。例え、それがどういう出来であろうとも。ということで、NETFLIXにリストアップされていたので観ちゃいました。

 もう、なんていうかね、主人公がゲスいというか、超ワガママでマッドサイエンティスト気質全開なんですよ。自分の身勝手な行動の結果、軍人がゾンビに喰われてしまっても、自分が優先する結果(少女が病気から救われた)が得られてたんだから無問題ですよっていう行動とか。どうして、こういう人物像に描いたんだろう。

 一応、主人公の彼氏にそういうところを突っ込まれて、私を信じてって言うのみの、まるで詐欺師が人を騙そうとしているような場面が入られてはいますから、製作陣もこのような主人公の造形は織り込み済みなんだとは思うのですが、観客に対してこの主人公に共感してほしいと考えていたのだろうか。

 人とは違う血液を持っていて、そのせいでゾンビに噛まれてもある程度自分の意思を保つことができていたマックス(『死霊のえじき』のバブよりももっと行動が人間のときに近い)の、主人公に対するストーカーが凄まじいものがありますが、どうしてあんなゲスな主人公に執着するのかが分からないよ(笑)。主人公はマックスをキモいと罵っていましたが、個人的には主人公もキモかったです。

 元のロメロの『死霊のえじき』は、軍人と民間人との共同生活においての対立が描かれていましたが、本作もリメイクということからか、主人公(民間人の元医大生)と、主人公達が暮らしているところを指揮している軍人の中尉さん(主人公の彼氏の兄貴でもある)との対立軸を同様に導入しています。『死霊のえじき』では民間人の主張の方がより視聴者の代弁に近いという位置で共感を得ようとしていたと思いますが、本作は中尉さんの仰られることがほとんどごもっともですって感じで、これまたどうしてそういう逆の立ち位置にしたのかが不明。意味分からん。

 中尉さんは確かに人の上に立ちたい、支配欲が強いという傾向はあったけども、それでも全体をきちんと見て判断していたし、主人公の研究もなんだかんだ言いながら許可していたわけですから。というか、製作陣がそういう中尉さんとして描いていたから、観客がそう思うんだろうが(笑)。

 冒頭の展開もまぁまぁ面白かったし、ゾンビのお食事場面もよかったしで、ラストも主人公が多数の人を犠牲にして作り上げたワクチンのお陰で、ゾンビに噛まれても感染しないようになったというハッピーエンドなラストも悪くはないんです。でも、なんか心がどんより重いままというか、なんというか。うん、本当に、どうして主人公をああいう感じに設定して描いてしまったんだろうかっていう疑問しか残らない映画でした。

 

THOUSAND EYES ”Day Of Salvation Tour 2018” 大阪公演

 アメ村のBigtwin Diner SHOVELで行われた、千眼の3rdアルバム『DAY OF SALVATION』のレコ発ツアーの大阪公演に参加してきました。

 THOUSAND EYESを聴く切っ掛けは、TEARS OF TRAGEDYのリーダーでギターのTORUさんが参加されているバンドということと、TEARS OF TRAGEDYの曲にも参加したDOUGENさんがボーカルであるということでした。で、「Day Of Salvation」のMVが公開されたので興味本位で観たところ衝撃を受けた次第です。

 3rdのCDを買ってからは、毎日、そればっかり聴いてるような状態です。最初に聴いたときは、ギターはかっこいいし、曲も悪くはないけど……という感じでした。しかし、翌日には、もう脳内に曲が勝手に再生されてしまうような状態になり、今に至ります。久々のスルメアルバムだと思っています。ツインリードというか、ツインギターが大嫌いだった私が気にいるなんて、本当に不思議です。

 そして、そんなにお気に入りになったアルバムを作ったバンドのライブが大阪でもあるなら行きたくなるのが人情ではないですか。会場のBigtwin Diner SHOVELは、名古屋の今池3STARを一回り小さくしたような感じでたが(何故か私の中では今池3STARが広さを測る基準となっているのであーるw)、満員御礼のようで熱気が凄かったです。

 後方でのほほんと堪能しようと思っていたのに、何故か2列目くらいに陣取ってしまい、しかも、皆さんオープニングから頭を振りはるので、自分も釣られて振ってしまったじゃないですか。どうしてくれるんですか、脳が揺れてるし、首が痛いじゃないですか。(←自己責任だろ)

 演奏は勿論素晴らしかったし、KOUTAさんはかっちょ良過ぎたのですが、音がでかかったということもあるのか、KOUTAさんのサイドにいたからというのもあるのか、右耳がほぼ死亡です(KOUTAさんはステージ上手側)。そして、場所の問題でもあったようですが、TORUさんのギターがあまり聴こえなかったんですよねー。それと、KOUTAさんのギターの音の調整を何度かやっていたみたいですが、最初のバランスが一番よかったように思います。

 私は3rdの曲と、初回限定で付いてたDVDで演奏された曲しか知らない状態でライブに臨んだのですが、途中、頭がぐるんぐるんとして、特に1stと2nd(3rd以外)の曲をきちんと捉えることができなくなったりしてしまいました。一部分だけではありますが、音全体がだんごになってしまったように聴こえたのです。一時的な体力の低下に伴う集中力の散漫と、音圧に耳が負けてしまったことが原因だと考えております。この反省を次回のライブ参戦には活かしたいと思います。

 次回の大阪公演は、6月10日の日曜日に福島LIVE SQUARE 2nd LINEで、Mardelasとのツーマンでとなります。勿論、参戦する気満々ですよ。6月9日には今池3STARでもライブがあるので、そちらに参加しようかな、とも思っていたり(笑)。最後に余談ですが、TORUさんは開演前は髭を生やしていて、千眼のライブはTEARSよりワイルドな風貌でいくのかなって思ってたら、本番ではきちとんと剃られていたことを報告して終わります。

 

ゆきゆきて、神軍

ドキュメンタリーなのでネタバレという概念を当てはめていいのかどうか。

 

 有名な映画でしたが、やっと観ました。かなり破壊力のある映画でした。

 主人公のおっさんは、国という形やそのルール(憲法とか法律とか)を否定しているのに、自分のやったことに対する責任の取り方が、その国が運営する刑務所で服役することっていう厚顔無恥さで、グイグイと暴力込みで、他人の心の中に土足で踏み込むんだけど、その身勝手さをただ傍観者というか野次馬的に撮影して垂れ流してるだけなのに、立派に映画的な興奮みたいなものが醸し出されているところが凄いと感じました。

 主人公のおっさんの相手方は、日本国という枠組みの中にいる人達なので、それに対する責任の取り方が、その日本国が運営する刑務所に入って自身の自由を犠牲にしますという考え方なら、間違ってるとは言えないのか、な。

 主人公のおっさんは、最初は下手に出て、ちょっと恫喝っぽくなり、暴力を振るって自分で警察を呼び、相手を油断させて懐に入り込むという戦法を、本当にうまくやってるよなって思いました。殆どの相手に対してこういう戦法だし、相手は元々戦う気持ちというか、戦意なんてないんだから、余計に効果的なんでしょうね。そういう観点からは、詐欺師と同じというか。

 ちょっと映画自体の感想じゃなくて、主人公のおっさん自体の行動の感想になっちゃいました。映画の感想としては、佐村河内守氏を題材としたドキュメンタリー(?)映画の『フェイク』と少し似た手触りだったなぁ、と。ただ、『フェイク』自体は味付けがなされた料理で、こちらの映画は味付けせずにそのまま出された料理という、かなり大きな違いはあるのですが。どうして自分は同じ手触りを感じたんだろう。自分でも不思議です。

 

長江 愛の詩

ネタバレしていませんし(というかネタバレできるほど理解できておりません)、disってもいません。

 

 

 鑑賞予定にはなかったのですが、この映画の後の時間に上映される映画を鑑賞するために映画館に赴いたのですが、かなり時間が開くのでどうしようかと思っていたところ、たまたま本作の上映開始時間にタイミングが合ったので鑑賞しました。観てよかったー。

 予告編は観たことがあるのですが、これ、予告編詐欺っしょ(笑)。予告編からは、なんとなくラブストーリーなのかなって思ったのですが、広義ではそうなるでしょうし、根底にはそれが流れていますが、実際には雰囲気系のホラー映画というか。いや、全く怖くはないんですけどね。幻想怪奇小説が好きな人は気に入るんじゃないかと思います。

 いやー、マジで全く意味が分からん。けど、面白い。そんな映画です。映像もシンプルに美しいという感じではなく、儚い脆さから生まれる美しさみたいな感じで、なかなか珍しいなという印象です。

 この映画の真の主役というもいうべき、あの船にも乗ってみたいと思いました。なんか、ボロさが凄くいい感じなのですよ。

 ゴダールの映画(商業主義映画からの決別前くらいの時期)の味わいもあると思います。この映画を観ていて思ったのですが、ゴダールの映画にグロを混ぜ合わせればルチオ・フルチの映画になるし、ルチオ・フルチの映画からグロを抜き取ればゴダールの映画になるよなぁと。

 

ブラックパンサー

ネタバレしてませんが、disってるかもしれません。

 


 一本の映画としてはまぁまぁな感じなのですが、一連のシリーズの一本としてはちょっとビンボール過ぎないかなぁと思いました。本国ではかなり受けているらしいのですが、私はこういう内容のものを求めていなかったので、ちょっと置いてけぼり感もあります。

 バトルアクション、しかも肝心の最後のブラックパンサーとキルモンガーの対決が、周りの集団バトルの波に飲み込まれてしまって、お互いが黒くて背景も暗くてよくらからず、CG丸出しな動きもあり、CWで見せてくれた肉感的な戦いが見られなかったのは残念ですね。

 

グレイテスト・ショーマン

ネタバレdisってもいないや。珍しい。

 

 


 いやー、ミュージカルは嫌いだったんですが、ツイッターでの評判もいいし、ヒュー・ジャックマンは大好きな俳優だし、予告編の歌もいいしということで、ちょっと観たくなったので突撃しました。よかった、スルーしなくて。素敵な映画でした。実話というか、実際の人物を基にした映画とは知りませんでしたが、リアルに描くのではなく、寓話的に描くことに注力したのがよかったのだと思います。

 ツッコミどころは満載ですよ。はっきり言って筋書きもおざなりだったりするし、人間模様を丁寧に描いたドラマでもありません。でも、ヒュー・ジャックマンの魅力を全開させ、スクリーンに焼き付け、人間社会への皮肉を裏に隠しながら圧倒的な迫力と素早いテンポで畳み掛ける様は、これぞ映画だろっていうか、昔のエンターテイメント溢れる映画を思い出しました。

 ヒュー・ジャックマンが歌もうまいし、動けるのは分かっていましたが、もう一人の主人公というもいうべき立ち位置のザック・エフロンも歌がうまいとは。知らなかったのでビックリですよ。二人の息も合ってるように見えましたし(そう見せるのが映画だろw)。

 

ナイト・チェイサー

ネタバレしてますし、disっているかも。

 

 


 未体験ゾーンでやってたのか。未体験から卒業したので知らなかった。ツイッターで評判がよくて、NETFLIXにあったので鑑賞しました。吹き替えしかなくて、そこはゲンナリでした。吹き替え反対。

 凄く奇妙な映画です。終盤まではよくある展開の映画です。ただ、その終盤の展開がかなり明後日の方向に舵をきりまくっているというか。この映画を初見で、終盤はこうなるって当てることができた人は、この世界にはいないと思います。『フロム・ダスク・ティル・ドーン』みたいな変化と言えばイメージしやすいでしょうか。

 英国人のクリスは2年ぶりにフランスのパリに帰ってきます。2年前までクリスはパリで暮らしていたようですが、留学生だったんかな。で、パリ在住の友人のリュックと元恋人に出迎えにきてもらいます。クリスは元恋人とヨリを戻したかったのですが、元恋人はリュックと友達以上恋人未満な関係になっていました。そのことにクリスはリュックに対して怒りますが、2年前にお前が彼女に何も告げずに英国に帰ったのが原因だろうと言われると、反論しようがありません。

 このクリス、主人公だからなのか、「自分は自分は」って自分の気持ちだけを相手に押し付ける奴で、人の気持ちを推し量ったり、受け入れたりすることができないタイプです。相手が自分を受け入れてくれることしか頭にないタイプです。リュックはそういうクリスを受け流して自分のペースに持ち込むのがうまいので、だからこそ、クリスとリュックは親友になれたのかもしれません。

 リュックは、クリスをパーティーに誘い、クリスはなんだかんだ言ってもリュックは親友なのでパーティーに同行します。元恋人とも色々あり、クリスはパーティーから帰ろうとしますが、リュックは別のパーティーにクリスを連れて行こうとします。

 やっとタクシーを捕まえて目的地付近で降ろしてもらいますが、リュックは料金を払わずにとんずらこきます。リュックの行動をクリスは責め立てますが(一緒に逃げてるくせにw)、リュックは取り合いません。そうこうしているうちに、料金を踏み倒したタクシーに付けられていることに気付きます。そのタクシーの車内には、踏み倒しはいけないよ、負債は払わないとダメよっていう注意書きが書いてありました。

 向かっていたパーティーをやっている部屋に逃げ込みますが、そこは実はヤクの売人達のところで、リュックはヤクの売人の下っ端みたいな感じで、お金を納めているのでした。そのお金は、パーティーに向かう途中で、不正刑事達によって盗られてしまっていたので、その釈明をリュックはタクシー運転手に盗られたという嘘で売人達に話しますが、当然のように売人達は信用しません。

 そこで、リュックを助けるかのように(笑)タクシー運転手が登場。いきった売人のボスは日本刀片手にタイマンを挑みますが、一撃でノックアウトされ殺されちゃいます。その他の売人達もタクシー運転手に部屋に乗り込まれて全員日本刀で殺られてあぼん。クリスとリュックは非情にもその隙に部屋からスタコラサッサと逃げちゃいます。

 それでも追いかけてくるタクシー運転手。途中でまた不正刑事のグループに遭遇し、クリスとリュックが売人達を殺した容疑者にされていて逮捕されかけますが、そこにまたもやリュックを助けるかのように(笑)タクシー運転手が登場し、不正刑事達を殺します。唯一、袖の下を拒否した刑事だけは生かします。ここがミソです。

 クリスとリュックはまた逃亡しますが、タクシー運転手はクリスの元恋人を拉致。助けに行きたいクリスとこのまま逃げたいリュックは掴み合いの大喧嘩をし、クリスは助けに、リュックは電車に乗って逃げようとします。そのパワーをタクシー運転手にぶつけろよ。

 映画によく出てくる廃墟っぽい元工場みたいなところで拉致されている元恋人を発見したクリスは、タクシー運転手に果敢にも挑みますが、劣勢です。主人公ですが補正はなく、勝ち目はありません。元恋人となんとか逃げようにも、何故か出口がありません。タクシーに追いかけられまくります。なんとかタクシーが入ってこないような場所に逃げても、タクシー運転手が追いかけてきます。そこへ、なんとリュックが登場し(なんか画面が暗くて、応援に来たことが最初は分かんなかったよw)、二人掛かり(元恋人も入れて三人ですねw)で挑みますが、あっさりと撃退されます。

 うん、普通の映画なら、この主役二人の共闘でタクシー運転手が倒されるのですが、圧倒的な力の差は如何ともし難く、ここからどうなるのかなって思っていたら、タクシー運転手がリュックだけをタクシーに乗るように指示して、クリスもタクシー運転手の耳元への囁きによって納得し、リュックは連れ去られて行きます。

 リュックは、まっぱにされ牢獄みたいなところに入れられます。そして、死なない程度に食料が補給されます。暫くして、ある手帳が渡されます。そこには、タクシー運転手の過去や、英仏戦争の頃から受け継がれている、悪いことを許さない人達の系譜の最初の物語がアニメーションで流れます。この系譜の元はどうやら日本みたいです、マジで。

 タクシー運転手は元は刑事でしたが、暴力的で、配偶者にも暴力を振るう奴でした。そして、先代のタクシー運転手にボコられ、まっぱでリュックが投獄されているのと同じ牢獄に閉じ込められ、これまたリュックと同様に死なない程度に食料を与えられ、自己を省みることを促されます。負債を払えということです。

 なんという急展開。ええええって感じです。最後は、そうやって受け継がれてきた、負債を払うことを余儀なくされ、悪人から善人にジョブチェンジした人達の集団が運転しているであろうタクシーの大群がどこかに向かうところでエンドです(エンドロールの途中に挿入されています)。

 クリスとリュックは2年前に酔っ払ってホームレスに絡み、事故ではありますが焼死させてしまったのです。それで、クリスは英国に逃げ帰りました。そりゃ、逃げるわ。クリスは主人公ではあるので、自分のしたことは反省はしているのですが、そこで終了な奴なんですよね。まぁ、最後は元恋人を助けようと奮起してタクシーの運転手に挑み掛かるので、そのことで負債はもう払ったという形に映画的にはなるんでしょうけど。クリスが主人公だったのに、サブ主人公ポジのリュックがまさかの適任者とは。まぁ、リュックは負債を返してないという判断なんでしょうね。

 タクシー運転手がクリスの耳元で囁いた言葉は、「お前はもう負債を返した。リュックはこれから返す必要がある。自分の後を継いで」というような感じだと思います。だから、クリスはリュックを行かせたのでしょう。タクシー運転手も先代に連れて行かれるときに、配偶者に先代が耳打ちしますが、同じような内容だったのでしょう。

 うん、この映画は、終盤の急展開が受け入れられるかどうかで、好きになるか、嫌いになるか、が決まると思います。ええ、私はかなりdisりながらも気に入っておりますよ。

 

目撃者 闇の中の瞳

ネタバレしまくってますし、disってまっせー。

 

 

 後出しジャンケンな映画。映画の技法に溺れてしまって、面白い映画を作ろうという意識が希薄になってしまったのかなという感想です。

 ラストのネタバレは、台湾の怖いお話を主人公<ワン・イーチー>(シャオチーとも呼ばれています)が語りで、その語りを聞いた主人公の先輩(大学でも会社でも)の女性<マギー>と主人公の表情のアップで終了です。お話の内容は、1,000台湾ドルで売っている怖いお話の本は、書店の店主によると最後のページが一番怖いとのこと。で、その本を買って好奇心から最後のページを見たら、本の定価15台湾ドルと書いてありました、というものです。

 主人公は、新聞社のインターン(みたいなもんだよね)の頃、大学生のときに教えてもらっていた教授で、新聞社に勤務の(その後大臣にまでなった)<チウ・ジンカイ>の昇進祝いを途中で抜けて車で帰宅途中、その車がエンコ。で、いつの間にか車内で眠ってしまっいて、ふと目を覚ますと車の衝突事故があった模様。その事故現場をスクープしたりしました。

 事故を起こした側の車は、チウ・ジンカイとマギーが乗っていた車で、主人公も参加していたチウ・ジンカイの昇進祝いからの帰りでした。この二人、不倫関係になるんですが、多分このときはまだなっていないというか、これをきっかけとしてなったのでしょう。車を運転していたのはマギーでした。

 ぶつけられた側の車には、少女を誘拐して身代金をせしめた男女(女性は<シュー・アイティン>)が乗っていました。身代金をゲットしてシュー・アイティンらが戻ってきたときに、身代金と引き換えに返すつもりだった少女を、もう一人の仲間<ウェイ>が少女がうるさいからという理由で殺しちゃってたんですね。で、シュー・アイティンらは何やっとんねんって言いながら、車で逃亡するわけですよ。で、ちょっと走ったところでマギーの運転する車に追突されちゃったわけですね。

 主人公は、事故った車の中にお金がいっぱい入ったバッグを見つけて、そこから200万台湾ドルばっかしを拝借しちゃいます。逃げたシュー・アイティンらを追ってきたウェイも事故の現場に到着して、お金の入ったバッグだけ持って逃げます。しかも、その後にちゃっかりお金を数えて、200万台湾ドル分少ないことを把握しております。

 シュー・アイティンは助かりますが、男は死亡。そして、意識を取り戻したあと、搬送先の病院から脱走します。そりゃするよね。誘拐犯だし、しかも死んだ男は恋人だったけど、ウェイは恋人が連れてきた奴で自分はよく知らない奴だったし(の割には3Pとかしてそうだったけどw)、うるさいっていう理由で少女を殺しちゃうイカれた奴なので会いたくもないですしね。

 ウェイは、シュー・アイティンが病院から逃げたことを知り、彼女を探すために警察官になります。なんという志望動機(笑)。足りないお金を取り戻したかったのと、裏切ったことを許せなかったんでしょうね。

 車をぶつけたチウ・ジンカイとマギーは、チウ・ジンカイが懇意にしてる自動車整備工の経営者のおっさん<ジー>のところへ、ぶつけた車の処理をお願いしに訪れます。最初は断っていたジーですが、二人の気持ちに押されて証拠隠滅を請け負っちゃいます。

 これが9年前の事故の出来事なんですが、9年後の登場人物達が、主人公がやらかしちゃうことで炙り出されたり色々としていくというお話で、結局、最終的には主人公が一番おいしいところを持っていったのかなって感じです。

 分かんなかったところを挙げていきます。画面が暗かったっていうのもあって、見逃してるのが多いせいかもしれませんが。

 ジーは自殺なの?他殺じゃないの?チウ・ジンカイが殺したわけでもないの?罪の意識に苛まれていたとしても、最愛の家族がいるのに自殺はしないでしょと思うのですが。

 シュー・アイティンは、どうしてお金を持ってたの?アパートの大家さんにもなってたし、東方美人っていう高いお茶を現金で買えるだけのお金を所持してるし。結局、身代金は主人公とウェイが持ってたわけだし。誰か(事故の件でチウ・ジンカイ?)をゆすってたこと?

 ウェイは、どうして主人公を結局は殺さなかったのか。挙句に逆に殺されてしまうし。ダルマにしたシュー・アイティンを見せたかったのか。

 主人公は、9年前の事件で自分がお金を事故車から盗んだことがバレていないかどうかを確認したかったから、改めて調べていたと思うのですが、シュー・アイティンがウェイに監禁されてようが助ける義理はなかったんじゃないのかなー。シュー・アイティンが自分のことを見ていたから(映画の冒頭のシーン)覚えてると思い込んでいたんだろうか。ウェイの正体が分からなかったから、疑心暗鬼になっていたのかな。

 メインキャラクターの顛末は以下のようになりました。

 主人公は1か月前に買った車が事故ってしまったけど、実はその車は9年前の事故のときの車で、何かの運命だと思って探りを入れます。映画冒頭のスクープの内容が誤報だったことで会社をクビになりますが、チウ・ジンカイのコネ(9年前の事故のことや、マギーとの不倫、ジーの死亡というネタでゆすったんでしょう)で、最終的には内務省の広報主任に。そして、ウェイを結果的に殺したことになりますが、それによって9年前の少女誘拐事件も解決されたことも、主人公の評価にプラスされている模様。

 マギーは、(チウ・ジンカイとしては内務省の広報主任は彼女の予定だったんですが)主人公に蹴落とされて、今はテレビ局のプロデューサー(だったかな)に。実は、主人公が会社をクビになったのは、マギーがそう進言したからです。チウ・ジンカイを嫉妬させるために主人公と関係を持ったことを後悔していたのか、追い出したかったっぽいです。

 チウ・ジンカイ、大臣のままっぽい。よかったね。

 ジーは、最愛の家族を残して死亡。上にも書きましたように、自殺なのか他殺なのかよくわからないです。

 シュー・アイティンは、事故の影響で右足が不自由に。でも、お金には不自由してない模様。家族にも会いに行かずに名前も偽って隠れて過ごしていましたが、主人公のはっちゃけのお陰でウェイに見つかり監禁されて、最後はダルマ状態に。生死不明ですが、多分お亡くなりになったと思われます。

 ウェイは、警察官になり、9年かけて身代金をロンダリング。その間に警察の力も利用しシュー・アイティンを探していましたが、主人公のはっちゃけで偶然にも発見。シュー・アイティンを監禁し、ダルマ(手足を切断)にしちゃいますが、そこに主人公が登場。激闘の末に主人公をやっつけますが、ダルマにしたシュー・アイティンを主人公に見せたかったのか、その上でお金のありかをゲロさせたかったのか(主人公はシュー・アイティンのダルマ状態を見て本来のゲロを吐きましたがw)、殺しはしませんでした。で、主人公の逆襲にあってしまい、自分が殺されちゃいます。しかも主人公は正当防衛で無罪です。あ、ウェイが主人公にお金どうこうって言ってたから、シュー・アイティンが思い出して、その事実を吐いていたのかもしれないですね。うーん。

 で、だからどうしたの?っていう感想を最後に抱いたのは、何を言いたかったのかよくわかんなかったからです。