悲しみの果てに、死者の群れをお願いします。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2019©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

演歌・オブ・ザ・デッド 公式サイト(2005-2019©りょんりょん) ※映画感想dis blogです。かなりdisってるので、不快になられた方にはお詫び致します。

The Witch/魔⼥

新年早々ネタバレしています。

 

 

 いやー、驚きました、というか、すっかり騙されてしまいました。設定や展開自体は、まぁ似てるものは今までもたくさんあると思いますが、主人公の後半というか終盤の行動がね、もうね、初見の人のほとんどは騙されたんじゃないかというくらいの衝撃なんですよ。ということで、ネタバレブログなのでネタバレしていきます。

 主人公の女子高生ク・ジャユンは、ある組織の研究所で脳改造を受けて(おそらく殺人兵器として)訓練・教育されていたのですが、8歳の時に周りの人を殺しまくって研究所から脱走し、力尽きて倒れているところを、建築家で酪農家である夫妻に発見されて、過去の記憶を失ったまま育てられました。と思わせておいて、実は主人公は記憶を失っていません。過去のことをしっかりと憶えています。

 自身が脳改造の影響で余命いくばくもない状態になり、また養母が認知症になってしまっていることから、脳改造してるくらいだったある組織は多分解決策を知ってるだろうという目論見から、ある組織をおびき出そうとテレビ番組に出たりするのです。なんという策士(笑)。

 劇中のいろんな人が主人公に対して「記憶喪失だって? フン」みたいな態度をとったり、「演技力も脳改造のお陰で凄いからね」なんて言われたりしてたのですが、おそらく観客はそういう疑問をほぼ抱かなかったと思うのです。劇中の登場人物が主人公に対してそういう態度をとることで、観客に「主人公は記憶喪失なのに何言ってんだよ」っていう刷り込みをさせていたのだと思います。映画自体も策士だった(笑)。

 前半は、主人公の日常が描かれていますが、その描写が後半に凄く活きてるんですよね。この映画の観客は、はっきり言ってアクション映画を観たいという観客が多いと思いますし、そういう観客にはウダウダ何を描写してんだよってなると思うのです。はい、私がそうです(笑)。でも、この描写が本当に後半に効くんですよ。

 大抵こういう映画の主人公って、人の愛を知ったら弱体化するっていうのがパターンですが、この映画の主人公は特に弱体化しません。そこが素晴らしい。昔のことは昔のことできちんと受け入れ、自分の元からの本性も弁えているけど、その後の生活で変わった自分もきっちりと受け入れているという描写は、私は映画では観たことがありませんでした。そういうところがリアルだと感じました。前半の描写が活きている大きな部分はここだと思います。

 主人公は頭脳明晰にもなるようですが、自身の命を永らえさせる薬をゲットしたはいいけど、それを自身で作ることはできなかったのかとか、薬をゲットしたんだったら、その成分を調べて自分で調合なりできないのだろうかとか、そういう部分は引っ掛かりました。実の親からの骨髄移植があれば治るかもしれない病気って白血病とかで、脳の病気ではないような気もしますし。

 それから、もうちょっと脳改造された人達の能力の説明は欲しかったところです。頭脳明晰、怪力や素早い動きといった身体能力の向上のほか、念力とかあるようですし。主人公がそんなに容姿端麗ではないのに(失礼)、スター誕生の地区予選を勝ち抜くというのは能力を使ったのかどうか、とかね。

 映画の最後は、ある組織の女性博士には妹がいて隠遁生活を送っているようで(その人が多分主人公の実の母親でこれで骨髄問題は解決?)、その人に主人公が会っている場面となります。少し話している間に、更に主人公には実姉がいて、なにやら人質に取られているような関係性のようなことがバラされて終了です。実姉もチラっと出てきます。

 アクションも素晴らしいし、観て損は全くない映画と言い切れますが、冒頭にもpart1とか出てしまうように、続編ありきというのが残念なところです。この映画だけで完結できるように作ることも可能なのに。というか、本当に最後の場面だけカットしておけば十分なのに(続編が作られるのなら、その続編に冒頭のカットを流せばいいと思うし)。あー、続編あるなら早く観たいよー。

 

2018年映画館鑑賞記録総括

 2018年の映画館での鑑賞回数は121回(対前年比-17回)、鑑賞本数は116本(対前年比-18本)、鑑賞代金は159,900円(対前年比-17,900円)、交通費の合計額は39,730円(対前年比-7,578円)となりました。1回あたりの鑑賞代金は約1,321円約(対前年比+33円)、1回あたりの交通費は約328円(対前年比-15円)で、交通費も含めて映画1回鑑賞につき約1,650円(対前年比+19円)の費用がかかった計算となりました。鑑賞代金には会員の年会費等も含まれていますが、年々、映画鑑賞一本あたりの単価が上がってるなぁ……。年間約20万円で100本以上の映画を鑑賞できるという意味では、安上がりな趣味ではありますが。

 今年は、夏場に風邪をひいて、咳がずっと治らなかったというのもあって、8月なんて1本しか観てないという体たらくで、鑑賞本数がかなり減ってしまいました。観たい映画もそんなになかったのも要因ではありますが。映画館での鑑賞は116本となり、うち新作が100本でした。

 2018年に最初に観た映画は1月1日に大阪ステーションシティシネマで『DESTINY 鎌倉ものがたり』を、最後に観た映画は12月30日にアップリンク吉祥寺で『トラスト・ミー』でした。

 映画館別の鑑賞回数は以下のとおりです。2018年は、19箇所の映画館で映画を鑑賞させていただきました。ありがとうございます。

○TOHOシネマズなんば:23回(対前年比3回減)
○なんばパークスシネマ:20回(対前年比5回減)
○シネ・リーブル梅田:15回(対前年比2回増)
○シネマート心斎橋:11回(対前年比2回減)
○第七藝術劇場:10回(対前年比2回増)
○あべのアポロシネマ:9回(対前年比2回増)
○テアトル梅田:6回(対前年比1回減)
大阪ステーションシティシネマ:4回(対前年比2回減)
○シネ・ヌーヴォ:4回(対前年比5回減)
○立川シネマシティ:4回(対前年比1回減)
○TOHOシネマズ梅田:3回(対前年比3回増)
○梅田ブルク7:3回(対前年比2回増)
○TOHOシネマズ新宿:3回(対前年比1回増)
○キノシタホール:1回(初)
○シネマスコーレ:1回(初)
○シネマート新宿:1回(対前年比1回増)
○シネクイント:1回(初)
○ココロヲ・動かす・映画館 〇 COCOMARU THEATER:1回(初)
○アップリンク吉祥寺:1回(初)

 今回のトップスリーは昨年同様、1位がTOHOシネマズなんば、2位がなんばパークスシネマ、3位がシネ・リーブル梅田(昨年はシネマート心斎橋と同点で3位)となりました。シネマート心斎橋は4位に後退しましたが、トップフォーの顔ぶれは昨年と変わらずといったところです。

 昨年に引き続き1位のTOHOシネマズなんばは、昨年の理由と同様、IMAX上映での選択はほぼここ一択になっており、その結果の連覇となりました。

 第七藝術劇場の鑑賞回数は増えましたが、シネ・ヌーヴォはまたもやガクっと減りました。なんかね、スケジュールが合わないんですよ。ミニシアターに通いたいんですけどね(棒読み)。

 映画館で複数回鑑賞した映画は、『パシフィック・リム:アップライジング』(2回)、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(3回)、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2回)でした。『パシフィック・リム:アップライジング』は複数回の鑑賞予定ではなかったのですが、前売り券をオマケ目当てで買っていたのを忘れて、公開日が鑑賞代金が安くなる日だったので、前売り券を買ったことを忘れてそちらの仕組みで購入してしまったというのがオチです。映画自体は期待はずれでしたね。

 ということで、月毎に観た中で印象に残っている映画を挙げていきます。

 1月は、『ジオストーム』がよかったです。期待をいい意味で裏切られたというか。能天気映画の傑作だと思います。また、久し振りに『さびしんぼう』を映画館で観ましたが、ダメです、私にとってこの映画は宝物過ぎます。

 2月は、未体験ゾーンで体験してしまった『ザ・ヴォイド』に衝撃を受けました。DVDを買いましたもんね。『マンハント』も想像以上におバカ映画で(←褒めてます)、憤怒なんて感じませんでした。また、ミュージカル映画は大嫌いなのに、『グレイテスト・ショーマン』には感動しました。ヒュー・ジャックマン効果です。

 3月は、『長江 愛の詩』がよかったです。意味不明なのに引き込まれる感覚って、なかなか巡り会えないんですよねー。また、『薔薇の葬列』と『ゆきゆきて、神軍』という旧作映画のパワーが凄まじかったです。

 4月は、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』はやっぱり前編かよって感じで、続きは1年も待たないとあかんのかっていう気持ちが先に出てしまって、ちょっと楽しめなかった部分があったのが残念なところです。

 5月から8月は特にありません。『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』でのトム・クルーズ様の凄まじさくらいでしょうか。

 9月は、『きみの鳥はうたえる』という映画と出会えた幸運といいますか。いい映画でした。

 10月は、『散り椿』の殺陣ですね。血がドビューって出るんですよ。いいじゃないですか(笑)。

 11月は、『ボヘミアン・ラプソディ』を。LSD(リードシンガー病)を克服する映画ということで感動しました(皆さんと感動ポイントが違い過ぎるだろw)。リードシンガーを主人公にした映画って、しかもQUEENを題材にそれを作ってしまうなんてって予告編を観て思ってしまって観る気はなかったのですが、世間の評判もよかったので、見逃したらあかんのかなって思って突撃しましたが、突撃してよかったです。

 12月は、新しく吉祥寺に誕生した映画館に行けたのがよかったですね。って、映画じゃねーじゃんか(笑)。

 前述のとおり、2018年は夏場に体調を崩したこともあって鑑賞ペースが下がりましたが、それだけではなく、映画館で観たいと思う映画が個人的には減ってしまっていることや、映画館での鑑賞という行為の内容が、映画を集中して観たいという私の気持ちから遠ざかっていってるような感覚があって、映画館で観る意味みたいなものが希薄になってきてしまっています。

 映画館での鑑賞という行為の内容が変わっていくことに対しての不満はありませんが、変わっていく方向が私にとっては受け入れられないものであるのなら、そこはお互いに別の道を行くのが最善ではないかと思うのです。と、バンド解散するみたいな感じで書いてみました(笑)。

 2019年も、どう転がっていくかは分かりませんが、適度に自分のペースでいければいいなと思います。

キル・コマンド

ネタバレしてます。disってもいるかな。

 

 


 トンデモ映画だと思って見始めたら、思ったよりもマトモで丁寧に作られていてびっくり。それでも、設定というか、世界観というか、バックグラウンドというか、それが曖昧にしか描かれていないので、その影響からか緊張感に欠けてしまっているのは残念なところでした。

 お話は、ヒロインは半分機械(元々人間で11歳のときに機械を導入したという設定)で、自分の開発している自発型ロボット(S.A.R:学習・分析・再プログラムの略)が、頻繁に再プログラムを繰り返しているので、その原因を探るために、米軍の小隊を訓練だよと騙してモルモットにして(ここは違うかw)現地に赴きますが、敵のロボットの攻撃に自分も巻き込まれてしまいましたというものです。(←ちょっと実際とは違うけど、こんな感じでいいでしょうw)

 ラストもよくある終わり方でした。敵ロボットのボスをなんとか倒したはいいけど、敵ロボットのボスのデータがヒロインにオーバーロードされて、多分、ヒロインは敵ロボットのボスと融合というか乗っ取られたのかな?と観客に思わせて終了です。

 敵側のロボット達のデザインはよかったです。特にボスキャラタイプのロボットがエイリアン(not映画)みたいで、そういう風にみせたいんだよねって気持ちがよく伝わってきました(笑)。そういうのもあってか、SF映画というよりかは、モンスター映画とホラー映画を合わせたような印象でした。

 主人公の大尉の走り方が軍人さんっぽくないというか、普段はあまり走らない人なのかな、なんて思ったり。主人公やヒロインをはじめ、その他の登場キャラクターはみんないいんだけど、それを活かし切れない退場の仕方はもう少し工夫してほしかったところです。屠られ方があっさりし過ぎというか。

 ヒロインが、トム様フォールアウトにも出ていたダブルスパイ?(1作目のラスボスの娘役)の女性と同じ役者さんだったとは見えなかった。これまたびっくり。

 

マンディ 地獄のロード・ウォリアー

面白かったのですが、いつものことですが何故かdisっていますし、ネタバレかましています。

 

 

 厨二病全開の映画。ということは、未だに厨二病に罹患している人にとってはマストな映画とも言えます。いやー、ナイフの名称とか、場面の構成とか、ほんまに厨二病真っ盛りです(←褒めてます)。なんだかんだ言いながらも面白かったですし、パンフレットも買ってしまいました。600円でしたよ、パンフレット。みんなも買おう。

 お話は単純で、カルト集団に拉致られ、目の前で焼かれて殺された配偶者の仇を討つために、ニコラス・ケイジがカルト集団以上の狂気で奴らを屠る。ただ、それだけです。あ、配偶者の仇というよりかは、自分の感情に折り合いを付けたかった、という印象が観終ったあとは残りましたねー。

 画面がかなり暗いのと、ニコケイが復讐に立ち上がるまでのお話がかったるいのと、妙にイメージ的な場面や展開をしたがったりするので、かなり見辛くてテンポも悪くなっています。また、やっとニコケイが復讐開始をして、テンションだだ上がりになったところで、なんかニコケイの暴走でいきなり敵に捕まるとか、ニコケイ自作の斧(後ろ側は槍にもなってます)というこれまた厨二病全開の武器や、人骨を切り裂く矢を放つボウガンを持っているにも関わらずチェーンソーバトルを入れたいがためにそれらを有効活用できていなかったりで(チェーンソーバトル自体は面白かったです)、テンションアゲアゲなまま逝かせてくれずに無駄にテンションを下げるような構成はどうにかならんかったのかなーって思ったり。壮絶な復讐劇で、きちんと復讐する相手を屠っているのに、なんかスカっとしずらいというか。ラスボスも、実は格闘レベルがかなり高くて無敵だったとか、厨二病ならそういう設定をぶち込まんとあかんやろーがー。

 カルト集団が、配偶者を拉致るために何かの笛(厨二病的な名前が付けられていたw)を吹いて呼び出したバイカー集団が、本当の意味でのバケモノかと思っていたら、実はLSDでイッちゃってる集団だったのは残念だったというか、本当のバケモノでよかったんじゃないかなー。ベルセルクっぽくて。描写も本当のバケモノっぽかったじゃないですか。矢が喉に刺さって大流血なのに死なないとか。これまた厨二病全開なら、そういう設定でいかんとあかんやろーがー。

 その辺りをきちんと整理して提示できていれば、ほんまに後世に残るカルト映画になったのになー、残念だなーっていう映画でした。いや、ほんまに面白かったんですけどね。Blu-rayとか出たら買うだろうし。うん、厨二病全開の映画ということで、かなり観る人を選ぶというか、合う合わないっていう部分で特に。これで、テンポがまだよければねー。

 拉致られた配偶者ですが、カルト集団の洗脳儀式のとき、洗脳補助剤として薬盛られたりしてるのに、教祖が作った歌(という設定で、教祖役の役者の方が実際に歌っているそうです)をバカにしたように笑ってしまったことで、こんなことは初めてだよって感じでテンパった教祖が激おこぷんぷんで、配偶者をニコケイの目の前で焼き殺すという展開はよかったです。

 いや、まー、かなりdisってしまったりしておりますが、ニコケイが好きな方、ニコケイのゴーストライダーに不満がある方、狂気のニコケイが好きな方達には必見の映画だと思います。

 

皆殺しの掟

ごっつ面白かったけど、何故かdisっちゃってるし、ネタバレかましています。

 

 

【WCC2018(What a Wonderful Cinema)】(ワンダーナイト・シネマカーニバル2018)

 格闘アクションが素晴らしかったです。格闘アクション好きなら、楽しめる映画だと思います。主演の二人(それと冒頭の格闘する人も含めて)、ドニーさんやイコ・ウワイス、トニー・ジャーあたりと戦っていただきたいなと思いました。

 冒頭の、いきなり始まる主役二人対黒人男性の勝負が凄いです。黒人男性はヘタレかと思っていたら、主役二人掛りでやっと倒せる強さ。ただ、このバトル自体は面白いのですが、映画の展開的に主役二人が戦うことになるんだろうなって分かってくると、最初に魅せられたこのバトルの印象が強いことから、どう足掻いても2位と3位の争いにしか思えなくて、最終対決なのにちょっとインパクトが半減しちゃってるんですよね。

 また、バレリーナの女性が主人公のジョンの彼女として登場しますが、特に(以下自主規制)でもなく、無意味なキャラクターだったと思います。多分、ガンフーアクション(これまたよかった)を見せるための舞台装置としてマンションを使いたくて、そこから彼女(とおそらく主人公のジョンも)が住んでるマンションにした方がいいのではという発想から作られたキャラクターなのではと思うのですが、それなら別の方法があったと思うし、彼女自身が大きく展開に絡むわけではなかったので、そういうことからも必要なかったのかなぁと。あ、ラストは主人公のジョンが、主人公と別れて暮らすことを選んだ彼女のところに行くのですが、それはマフィアから足を洗った、これから人生をやり直すという意味だったと思うので、そういう意味では必要なキャラクターだったのかな。

 それから、主役二人の少年時代の場面のときの役者が、成長した二人に直結しない、要するに似ていないというのはダメでしょう。似ている人が誰もいなかったのでしょうけど。

 ネタバレは以下のとおりです。
 FBIへの内通者は主役二人の義父で格闘技のトレーナーでありマフィアのボスの人。
 義父を殺したのは主人公のジョンの義兄のリー。
 主役二人が最後にリングの上で戦って、主人公のジョンが勝利。義兄のリーは、リングの下に隠しておいた銃で主人公のジョンを撃ち殺そうとしますが、主人公のジョンはその動きに気付いて、リーが持ってきていて主人公のジョンとタイマンで戦うためにリング上に置いていた銃が偶然(笑)主人公のジョンの目の前にあったので、それでリーのおでこ中央を撃ち抜いて殺します。
 FBIの人からバレリーナの彼女の居場所を教えてもらった主人公のジョンは、彼女のもとへ。で終了です。

 と、なんかいつものようにdisってしまってますが、Blu-rayかDVDが出たら買おうと思うくらい素晴らしい映画でした。ジョン役の人は、陰のあるダークヒーローが似合いそうで、これからももっとアクション映画に出てほしいものです。

 

散り椿

ネタバレはしてます。

 


 岡田准一がチャンバラアクションするっていうなら、観に行くしかないでしょう。チャンバラアクションの場面は、映画の全体量からすれば少なかったですが、それぞれは素晴らしいものでした。「殺陣」にクレジットされた中に、岡田准一もいたんですよ。これはもう信用するしかない案件です。撮影も一部やってるらしいことからも、岡田准一のプロモ映画と言っても過言ではありません。

 映画自体は、時代劇風の時代劇というか。所謂トンデモ映画です。静かに、人の情景を描きながら展開していくので、トンデモ映画とは思われにくいかもしれませんが、随所にツッコミどころ満載です。もうすぐ平成も終わりだいうこのご時世に、昭和な時代劇な雰囲気を醸しているというのに、中身はバリバリの平成というこの映画、最高でした。私は大好きです。

 一応、今の日本の役者さんの中でうまい人を揃えていると思うのですが、なんか下手というか、棒読みというか。でも、それが段々と慣れてくるのが怖いところです。池松壮亮もこんなに下手だっけと思いましたが、彼の演技自体が時代劇に合わないのかなー。

 

 ラストバトルは、岡田准一西島秀俊が親友だった頃の絆を取り戻し(というか再確認したかな、予告編の二人の椿の前の決闘がそれです)、ラスボスである奥田瑛二のところにかちこみます。剣豪という設定の二人は、モブやられキャラを簡単に屠っていきますが、調子に乗りすぎたのか弓矢の攻撃にあっさりと西島秀俊がやられちゃいます。岡田准一はキレてスーパーサイヤ人化。残りのモブやられキャラを軽く屠り、ラスボスを殴りまくって喉を掻っ切って終了。欲を言えば、もうちょっとラストバトルを長くしてほしかったところです。

 ラスボスにたどり着く前に、ちょっと強そうな人が出てきて、刀をぶるんぶるん振り回していましたが、これまたあっさりとやられるのは、よかったのか悪かったのか(笑)。『96時間/リベンジ』でいうなら、ラスボス前のあの強いおっさんがザコだったみたいな感じです。ちょっとここで長めの激闘があるのかと思っちゃったじゃないですか。

 続編があるなら、今度はもっともっと全編チャンバラアクションに振り切って、岡田准一がどんどんと斬りまくる映画にしてほしい。というか、それを観たい。

 あ、そうだ。別の映画館で観た予告編に比べて、私が鑑賞した映画館では画面の発色が悪いし暗かったんですが、これは本編がもともとそうだったのか(フィルムプリント時代は映画館や時期によってそういうのがあったり)、本編と予告編のミックス(音楽用語だ、それはw)が違ったのか、それとも映画館側の事象だったのか。どうなんだろう。

 

イコライザー2

微妙にネタバレしてるかも。disってるかも。

 

 


 微妙に設定というか、キャラクターの環境を変えてる感じの続編。前作ラストでは、マッコールさんは人助けを全面的に行なっていく姿勢を見せていましたが、今作の表向きの職業はタクシードライバーで、人助けは裏でちょこちょこっとやってる程度となっていました。

 前作以上に、まったりしているというか、淡々とし過ぎてるというか。マッコールさんの日常を描いて、その中に人助けという名の暴力制裁(笑)が挟まれます。

 今回の敵は昔の仕事仲間で、マッコールさんと同じくイコライザーとしての訓練を受けた人なんですが(マッコールさんは隊長だったらしい)、その元仕事仲間の人達との戦いがメインストーリーとして一応ではありますが設定されており、そこにマッコールさんの日常生活と人助けがサブストーリーとして組み込まれているという構成でした。

 淡々と描き過ぎていることで、ちょっと飽きる部分は正直ありますが(アクション映画を求めてる心情ですしね)、デンゼル・ワシントンの演技力と、日常生活の描き方の良さは特筆すべきものだと思います。小津安二郎の映画に(ジャームッシュではなくて)、少し必殺仕事人的なパートが入る、みたいな印象です。初見では物足りないという印象を抱きながらも、何度も観たくなるというスルメ映画なような気もします。

 マッコールさんが、元仕事仲間の人達(相手は4人)と初めて対峙したときの場面で、そこでそのまま戦いにならなかったのは、流石に正面衝突では数で劣り過ぎてマッコールさんが殺られることは確定なので逃げるしかないのかと思っていたんですが、観終わったあとは単にマッコールさんが一人ひとりジワジワやっつけたかっただけのように思いました。

 元仕事仲間の人達は、マッコールさんの本宅がある小さな港町に呼び寄せられるのですが、なんと嵐が来ていて住民は避難中でゴーストタウンの様相を呈していましたが、それがなんとなく西部劇風なテイストになっていました。

 嵐のために、風は強いし、海は荒れてて波は高いしと、元仕事仲間の人達はその環境下で悪戦苦闘します。マッコールさんは平然としているのに。という感じで、元仕事仲間の人達すらも、マッコールさんを前にするとザコです。いや、この体たらくでは元仕事仲間の人達は、前作のニコライさんにも軽く屠られるような気がするくらい、間抜けさ全開です。元仕事仲間の人達は人質すら用意していたというのに。ここはもう少し殺るか殺られるかという殺伐感がほしかったところです。淡々と描き過ぎたからか、ラストバトルまでマッタリとしちゃってたのはマイナス点だと思いました。

 そうそう、前作でも思ったんですが、マッコールさんは一応表向きは車の爆破に巻き込まれて死亡した扱いになっていますが、名前を変えてはいないんですよね。いいのかよ、バレるだろ(笑)。

 次回作は作るのかなー。個人的には観たいけど。

 

きみの鳥はうたえる

とてもとても素晴らしい映画でしたが、ちょっとdisったりもしてしまいました。ネタバレも少ししてるかな。

 


 本当に素晴らしい映画でした。あまり期待はしていなかったので、不意打ちを食らってしまったような感覚が、心の中で残ってしまっていますが。この映画は、奇跡的な部分、意図的な部分、それらが混在した部分が、本当にうまく溶け込んでいると思います。『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』と同じ匂いというか、香りがする映画にも感じました。こちらにも石橋静河さんが出演されていたなぁ。

 原作は未読ですが、映画化にあたって舞台を東京の国立近辺から函館に変更したそうですが、別に函館じゃなくてもいいよねっていうのは、言ってはダメですよね(笑)。

 ミニシアター(函館のシネマアイリス)が出資して作られた映画ということの影響も大きいのか、ミニシアター病に罹患しているっていうのはいつもなら弱点になるんだろうけど、この映画は、それすらも主人公の一夏の変化を描き出す過程の一端として効果を発揮しているような気がしました。

 主人公は、最後は自身が忌み嫌っていた面倒臭い奴になってしまうのですが、その過程の描写がよかったです(というか、その過程を提示する映画ですねw)。演じた柄本佑氏もよかった。自分でも気付かないうちに、面倒臭い奴に変わってしまっていたという、過去の自分からしたら屈辱というかイミフだろうし、今の自分からしたら正直な気持ちだろうし、なんかそういう自分自身でも理解できない、受け入れられないという感情を、素直に画面に焼き付けていたと感じました。血が通ってないロボットが、血肉に塗れた人間になっていく物語というのでしょうか。

 染谷将太氏も、これまた流石の演技でした。彼の演技スタイルは、映画の中のキャラを役者が演じるというよりかは、映画の中のキャラを染谷将太という役者に近付けるという形ではないかと思います。こういうタイプって、昔の三船敏郎石原裕次郎といった大スターから、今は織田裕二とか、要するに主人公又は主役を演じる役者じゃないと認められないスタイルだと思うのですが、それを脇役としてのポジでも発揮している彼の才能には驚くばかりです。仮にそういう役者を脇役に配置しても、主人公又は主役を喰うだけの存在にしかならない場合が多いので、新鮮に感じる部分もありました。

 石橋静河さんは、失礼ながら美人でもないし、といってブスでもないんだけど、なんか惹きつけられる容姿をお持ちだと思います。凄く存在感を画面に焼き付けたかと思ったら、彼女のいない場面ではさらりと存在を隠したりもできる(それまで画面内にいて染み付いていたはずの匂いがあっさりと消えてしまうような、でも影が薄いとかでもないんだよなー)、これまた凄い役者さんだなぁと。

 ただ、一つdisらさせてもらうと、主人公も、そして静雄も佐知子も、そんなに裕福ではないと思うんですね。本屋さんのバイトは交通費も別途支給ではなく給料込みが多いようですし、本屋でバイトされてる方には失礼な言い方になりますが、給料自体もそんなに多くはないだろうし(知人に本屋でバイトしていた人がいたので、少し実情を聞いたことがあります)。月給も手取りで12万円くらいではないでしょうか。でも、映画の中の生活水準をキープするには、手取りで20万円は最低ないと無理だと思うのです。それなのに、お昼はパン屋さんでランチとか(パン屋さんのパンって案外高いんですよ、おいしいけど)、毎日飲み歩いて、更にビリヤードしたり卓球したりダーツしたりと、どこからそんなお金が出るんだよ、と。

 私は今も貧乏ですが、昔はもっと貧乏でした。仕事をしていない時期もかなりあるという、主人公達と同様の環境だったことがあった経験から、こんな生活はできないよなと昔を思い出してしまい、映画の世界から急に現実の世界へと引き戻されてしまうって部分が幾つかありました。これは、この映画の最大級の弱点だと思います。私だけの問題なのかもしれませんが。

 リアルに貧乏生活を描いたからいいって訳じゃないのは分かりますし、映画的な見栄えも必要だし、原作もそういう展開だったんだろうということは想像に難くないですが、実際には気軽に茶店なんて行けないし、缶ジュースとか買うのも逡巡が必要だったし。こういう、映画の世界ではあるけど、現実のリアルさを設定の中に組み込む系の映画としては、この辺りの線引きや表現って難しいでしょうし、観客のバックグラウンドまでいちいち気にしてられないのは分かります。単に、私にとってのマイナスポイントのツボに嵌ってしまったって感じ、というのも理解はしてるつもりなのですが……。

 小説なら問題ない描写だけど、映画となったときに問題になってしまう描写ってあると思うのです。端的に言えば、貧乏生活を知らない人が、貧乏生活を想像したっていう気持ちがどうしても拭えないのです。あ、なんか熱くdisってしまってる(笑)。面倒臭い奴だ、俺は。

 それでもこの映画は傑作だと思いますし、私は大好きですよ。パンフレット買ったもん。特に、最後の場面の佐知子の表情は、「あー、めんどくせー」とか「えっ、なんで?」とか「いや、もう遅いし」とか、諦念以外の感情が行ったり来たりしている絶妙さを映し出していたし、この表情を奏でる石橋静河さんを観るだけでも、入場料分の価値はあるかと思います。

 

MEG ザ・モンスター

ネタバレしていますし、disってもいるかな。

 

 

 

 ステイサム+サメなので、ステイサメ映画というところでしょうか。よくサメ映画にステイサムを起用しようと考えたなぁと思います。かなり期待してしまうではないですか。

 アサイラムとかのよくあるサメ映画と比べると、予算は結構あったんだなぁという見映えではありますが、サメ映画にしてはキレイ過ぎるというか、阿鼻叫喚さが足りなさ過ぎるというか。結果的にそういう映画になってしまったように思います。

 クライマックの、メガロドンが人がたくさん遊泳しているビーチに行く場面で、お食事するのは数人程度。そこはね、もっと大量にがぶつかないと。それに、人間をパクリと飲み込む系が多いんですよね。だから、海も血の色にならないんです。それって、どうなんだろう。この映画を観る人達はそれで我慢できるのだろうか、なんて思ったり。もっと血肉骨をボリボリいってほしかったです。まぁ、メガロドンが巨大過ぎてそういう描写が難しかったのもしれませんが。

 主要登場人物もあまり食べられないので(←物騒なこと書いてるw)、展開上での危機感がないのに、更に主人公がステイサムであるということで、安心感が半端ないです。もうハラハラドキドキな展開は最初から捨て去っていたのかもしれません。パニックモンスター系の映画なのに(笑)。いや、この映画のモンスター枠は、メガロドンではなくて、ステイサムだったのか。そうに違いない。

 ステイサムはメガロドンにもタイマンを挑みます。マジです。まぁ、一応武器は持ってたし、最初は潜航艇に乗って戦ってましたけどね。擬人化されたメガロドンが出てきて、ステイサムと最後はタイマン対決すると思っていたのですが、予想は外れました(←そりゃそうだ)。

 最後は、潜航艇のメガロドンに喰われてかけて装甲がめくれた部分が丁度カッターみたいになっていて、それを利用してメガロドンの腹を裂きます。そして、ステイサムが銛を持って目を突きます。腹から流れている血を周りにいた普通のサメの大群が嗅ぎ取って、そいつらがメガロドンを共食い?してメガロドンはお亡くなりになりました。だったような気がする(苦笑)。この感想を書いてる時点で観終わってから数時間しか経っていないのに、もう詳細を忘れてしまっているとは……。

 ちなみに、メガロドンは二匹出てきます。最初の一匹目は毒薬を仕込まれた銛をお口の中に突き刺せられてしまい、やっつけられちゃいます。あっさり過ぎて、二匹目がいるよなってすぐに想像できて、ちょっとサプライズ感が少なくなってしまってました。

 そう言えば、昔に『メガロドン』というサメ映画がありましたが、その続編とかではないみたいです。この映画は原作があるそうですが、未読です(『Meg: A Novel of Deep Terror』というタイトルのようです。原作の時点でメグと名付けられていたのかw)。劇中では誰も「メグ」とは呼んでなかったような。

 

銀魂2 掟は破るためにこそある

ちょっとdisってるかもです。

 


 前作は結構面白くて、本作もかなり楽しみにしていました。かなり笑いましたが、期待程度に楽しめたかなとなると、そうでもなかったかなぁと。全体的にキレが悪かったように思いました。連載前提で表現できること、映画のようにワンオフで表現できること、この別々の要素を一緒くたにしようして失敗した、そんな感じがします。

 出演俳優は豪華ですが、その豪華さ故に、ワンポイント出演(カメオ扱い的な)という方法を打てなくなったんだろうなという、製作側の裏の事情が凄くダイレクトに観客に伝わってくる作り方は、意図的な部分もあったんだろうけど、各俳優のファンはいいとしても、そうではないファンには不親切な作りとも言えるのではないかと思いました。

 また、銀さんは一応主人公ポジではありますが、そのためか本編後半の流れにさし込もうとする無理さが、連載以上に出たような気がします。結局、後半の展開も、土方が主人公ポジにはならずに、銀さんに主人公ポジを置いたままにしてしまってるために、どのキャラも中途半端になってしまってまったように思えました。それから、アクションにもキレがないように見えました。元々のアクション自体と、撮り方も悪かったんではないかなと。

 なんていうか、オムニバス形式でした方がよかったように思います。俳優さんの頑張りは伝わるし、製作陣も頑張っていたんだとは思うのですが、その方向の整理がきちんとできていなかったのが、最大の失敗ではないかなと思ったのでした。

 

HOUSE OF BLOOD ハウス・オブ・ブラッド

ネタバレしてます。disってもいますが、かなり楽しめた映画です。

 

 

 ドイツの、『新ゾンビ』等で有名なオラフ・イッテンバッハ監督作。ウーヴェ・ボルといい、アンドレアス・シュナースといい、ドイツは奇才を生み出すことに長けているのだろうか。

 物語は二部構成で、前半と後半に分かれていますが、展開はほぼ同じです。でも、楽しめます。もう少し、前半と後半の囚人達の色付けがガラっと違ったものでもよかったかもしれません。それから、会話場面が結構あったりするのですが、ちょっとダレてたかなー。

 オープニングはかなり工夫しているなって思いました。映像で語るという感じで。でも、おそらくですが、イッテンバッハ監督は誰かのパクリというか、こういう感じで撮れば映像で語ってると思うだろうお前らっていう気持ちだったと思います。だって、ここの表現がイッテンバッハ自身の血肉になってるって感じがしなかったんだもん(笑)。映像で語る感じが序盤の展開にまで食い込んでいるのは、逆に効果を薄くする結果になっただけだと思いました。そういうことからも、血肉になってないなと思ったわけで。

 また、主人公とヒロイン(イッテンバッハ監督の当時の配偶者で、イッテンバッハが製作した映画には結婚時にはほぼ出演してるようです)の過去の遭遇場面が何度かインサートされているのですが、その場面が製作者が期待したほどには効果的になっていないんじゃないかなと。重要な場面なのに。囚人の妄想場面を入れたりもしていて、ちょっと取っ散らかってるよなと思いました。時系列をいじるのは、余程センスのある人か、ある程度全体構成を俯瞰して捉えるのがうまい人でないと、というのが私の持論です。

 物語は、脱走した囚人達が、山小屋で人断ちしている(笑)化物達に屠られてしまうという展開で、それを二回繰り返すだけです。もうちょっと、化物集団と囚人達との戦闘が長くてもよかったかなぁ。それか、SWATもちょろっと出てくるんだから、SWATとの対決も見たかったかな。

 個人的に何がよかったかっていうと、襲われるのが囚人、その中でも極悪タイプということもあってか、相手が化物であろうか、喚くことなく、臆することなく(いや、臆してはいたかw)、すぐに戦闘モードに入って戦うというところです。化物に出会う(または正体を知る)数秒前まで、化物の存在自体を信じてなかったのに。もう喚かれるのは飽きましたよ。

 主人公は、小さい頃に事故?で両親を亡くし、その事故現場でヒロイン(不老みたいです。不死でもあるのかな)に助けられたのですが、還暦くらいの年齢になってるからか、すっかりそのことも忘れていましたが、囚人達の脱走(一回目は主人公の運転のせいだけどw)に巻き込まれたことにより、ヒロインと再会できたのでした。

 2回目の化物軍団と囚人達との戦闘のあと、主人公とヒロインはなんとか山小屋から逃げ切って、車道に出て来ましたが、そこで偶然通りかかった護送車に主人公が轢かれて瀕死状態(すぐに死亡)。嘆くヒロインを、護送車から脱走した囚人(イッテンバッハ本人!)が、脳天に銃弾をお見舞いし、ジ・エンド。かと思いきや、バックでは囚人達が襲われている音、そして、ヒロインが化物として蘇生。ということで、本当に終了です。

 最後はちょっと泣かせにきたのかっていう展開でしたが、いやー、その感じで終わることは、この映画を積極的に観ようとしている人の中にはいないでしょう。捻った終幕ではないですが、一番腑に落ちる終幕だったと思います。

 この映画の化物は、頭を粉々にされても死なないみたいです。再生するのに時間が掛かるようなので、頭を破壊するのは時間稼ぎにはなりそうですが。燃やせばいいのかな。それから、いろんな年齢層の化物がいたので、人間が感染か何かして化物になるタイプなのか、イッテンバッハが何も考えずにキャスティングしただけか(後者でしょうねw)。

 アメリカ(ドイツ製の映画ですが、舞台はアメリカ)の囚人達は、とりま護送車が横転したら脱走するのか。つか、護送車の運転手全員、前を見て運転しろ(爆)。

リディバイダー

微妙にネタバレおよびdisっています。

 

 主演のダン・スティーブンスは『ザ・ゲスト』で初めて知ったのですが、醸し出す雰囲気がよかったことから、ちょっと注目している俳優さんなので、観に行ってきました。

 なかなか不思議な余韻というか。全体としては、まとめ方が下手だなとは思いましたし、主人公(ダン・スティーブンス)の気持ちみたいなものが空回ってしまってるような印象を受けたりと、映画自体の出来としてはよくはないなとは思うものの、なんとなく心の本当に隅っこにさり気なく残ってしまったような映画でした。

 この映画、丁寧に作られていると思います。しかし、その丁寧さ故にか、荒というか、何も考えてないやろうっていう部分も目立ってしまったのではないかと思います。

 POVというかFPS視点が多いので、折角のダン・スティーブンスの無駄使いのような気がしました。また、ダン・スティーブンスの露出の少なさを補うためでもあるのでしょうが、回想場面をバンバンと入れてくるんですが、これは物語の停滞感をなくすという意味と、主人公の気持ちを徐々に観客に提示していくためなんでしょうが、なんかチグハグさが出て、テンポが悪くなってしまったかなと思います。

 エコー側に行ってからのお話も、ドローンとかに襲撃される、逃げる、また襲撃される、逃げるとかの繰り返しで、主人公が何を目的に行動しようとしているのか、それとも単に状況を回避するだけで精一杯な状況を見せたいだけなのか、よく分かんなかったんですよね。

 主人公には妹と甥がおり、どうやら甥に問題(?)があるらしく、お金が入り用だったみたいですが、それが具体的にどういうものかが分からなくて、主人公の決断に最初から置いてけぼりを喰らってしまってしまいました。

 エコーに着いて最初に主人公を追い詰めるマイケルさんが、あっさりと主人公を信用?して一緒に行動するようになるのもアレレだし、主人公をスカウトした女性も、敵なのか味方なのかよく分からないし、最後には主人公を銃で撃ち殺してしまうし。

 主人公がエコーに降り立ったとき、壁に描かれた文字が反対になっていたのでエコーに着いたと確信するのですが、テレビとかに映ってる文字は特に反対になってるわけでもないし、そのエコーにある耳に装着するタイプのサポートAIみたいなもん(ごめん、どう書いていいか分からないw)の表示も正常だし。

 エコー側の人が左利き(銃を持つのが左手が多い)とかで、これも地球が反射された影響を出してるんだろうなぁと思いつつ。でも、コピーと反射(ミラーリング?)は違いますよなぁとも思いつつ。原語ではどう言ってたのかなぁ。

 エコー側の人も、自分達がエコー側だと分かっていたようですが、それでああいう行動に出るのかと考えると?マークしか出ないですし。

 エコー側で、死体がたくさん出てくる場面があるのですが、どうも死体がマネキンにしか見えなかったのですが、それが逆にちょっと不気味でした。

 なんか書いてたら、いつものとおりにdisってばっかりになってしまいましたが、暇つぶしにはなる映画だと思います。観る人は選びそうですけどね。白黒ハッキリ付けろというタイプの方にはオススメできないかなぁ。

 

海を駆ける

ラストのネタバレをしていますし、かなりdisっています。

 

 

 

 ディーン・フジオカ主演の映画で、予告編が印象に残っていたので観てきました。え?ディーン・フジオカが主演なんでしょ?1時間40分くらいある映画で、正味彼が映ってる場面を集めても15分にも満たないくらいじゃないですか???

 ディーン・フジオカの役は不可思議な力を持った、ミステスリアスな男性ではありますが、多分、お話の中心ではないし、その存在がお話をかなりかき回すってほどでもないですし。ディーン・フジオカの集客力を見越しての主演扱いなんかなぁ。集客力があるのかないのか分かんないけど。

 お話は、インドネシア人(父親)と鶴田真由さん演じる日本人(母)のハーフでインドネシア国籍を取得したという設定の太賀さん演じる大学生のタカシ、そのいとこのサチコ(サチコの母親が鶴田真由さんが演じる役の妹っていう設定みたい)、タカシの大学の友人のインドネシア人のクリス、クリスの幼馴染の新聞記者志望のイルマという4人を中心として動きます。つか、主人公ポジはサチコですね。

 ディーン・フジオカの役はネタバレすると、海からやって来た何者かで(人間ではないと思います)、テレポーテーションができたり、多言語を話せたりするほか、人の生死に関与できる(多分)力を持っているようです。劇中でも、ちょっと痴呆が入った息子を亡くした老人、タカシの母親、少年4人を屠っています。その代わりといってはなんですが、熱中症で倒れていた少女を治したり(多分、痴呆が入っていた老人の命と引き換えっぽい)、高熱を出していたサチコを回復させたり、枯れた花を咲かせたり、漁で引き上げられて既に死んでいたはずの魚を復活させたりしています。

 分からなかったのは、タカシの母親を屠った理由ですね。その直前に追いかけていた蝶々を捕まえるためのように見えたのですが。あの蝶々は死にかけていたから、なんでしょうか。それにしては、そうは見えない場面の撮り方はダメだと思います。

 少年4人を屠って、浜辺で村人に追い掛けられそうになったら、「そろそろ帰らないと」と言って、海へと去って行くディーン・フジオカ。って、こういう終わらせ方でいいのか。

 と、文句ばっかりでいつものようにdisってしまっていますが、不思議と最後まで飽きずに観られたんですよね。お金返せよとも思わなかったんですよね。もう二度と観たくはないですけどね(笑)。
 飽きずに観られたという理由は、太賀さんの演技というか、彼の演技のリズムのお陰じゃないかなと思います。彼の演技は『南瓜とマヨネーズ』で初めて観たのですが(『桐島、部活やめるってよ』のほか、彼のフィルモグラフィを眺めると何度かスクリーンでお見かけしているようなのですが)、あの映画も面白くはなかったけど(言っちゃったよw)、彼の演技だけはとても印象に残っていたのです。本作も同様に、彼の演技だけが印象に残ってしまっています。ディーン・フジオカは、映画のラストと同様に、もう私の記憶の海の中に消えてしまいました。

 Filmarksで他の人の感想をちらっと読んだのですが、どうやら私は、同じ題名で、同じ出演者で、同じロケ地で、同じ製作陣の別の映画を観たようです。どう好意的に解釈しても……。

 

四月の永い夢

ネタバレしています。ちょっとだけdisってるかもですが、いい映画だったと思います。

 

 


 三浦貴大という素晴らしい役者の童貞力、ち、違った、童貞感、こ、これまた違った、朴訥とした雰囲気は、彼の唯一無二の武器になってしまってると言い切ってもいいような気がします。メインでも脇でも、というか、完全に脇じゃなくて、メイン寄りの脇が彼が俳優として一番輝くポジションのような気もします。メインを喰って光るんじゃなくて、メインを光らせて自分もさり気なく光るという絶妙さを身に付けてしまったと思います。

 で、映画ですが、なんかふんわりしたような感じの映画でした。主人公が背負ってるものは重いというか、取り返しのつかないもの(少なくとも主人公はそう思い込んでると思います、現実的にはえ?な感じですがw)であるものの、それを強調して描くのではなく、そういうものを背負っている主人公を、第三者的な視点で見つめているような印象を持ちました。

 好きになる映画というよりかは、嫌いになれない映画でした、私にとっては。かなり大好物な部類です。ただ、主人公のセリフまわしが、時々アニメっぽくなるのだけは正直辛かったです。

 冒頭の場面とか、綺麗な場面ではあるのですが、私が鑑賞した映画館の問題なのか、この映画の元々の問題なのか分かりませんが、発色がよくなかったように思います。これがもうちょっと色味が鮮やかであれば、もっと主人公の日常がいい意味で引き立てられたと思うのですが、最初の場面(終盤でも出てきますが)の少し沈んだ色味の印象が、このあとに続く主人公のいる風景に映画が意図していない暗さをもたらしていたように思うのです。

 おそらくこれは映画自体の技術力の問題のような気がしますが、もうちょっとこの場面に予算と時間を掛けた方がよかったように思います。主人公が一歩踏み出したのかどうかを観客に提示する場面だと思いますし、それがこの映画で伝えたいことだと思いますので。

 主人公は元中学校の教師(音楽?)でしたが、三年前に亡くなった元カレが原因(なのかな)で教師を辞め、うどん・そば屋でアルバイトをしながら一人暮らししています。フリーターですね。主人公が言うには、今は居心地のいい空間・時間の流れなようです。

 先にネタバレしますと、主人公は元カレが亡くなる四か月前に既に別れていたのでした。ただ、元カレの両親をはじめ、友人達らは主人公と元カレが別れていたことを知らず、元カレが亡くなってしまったことによってそれを周囲にも伝えるタイミングを逸してしまい、周囲の(おそらくそのまま結婚したであろうと思われていた)元カレの死で主人公はかなりショックを受けてしまっているという誤解(死んだことにショックは受けてるけど)の波に、主人公の心はかなり奥底に流されてしまっている状態だったのです。だから、主人公は居心地がいい空間・時間の流れを求めていたのです。(←個人の感想ですw)

 で、書いていて気付きましたが、主人公は冒頭から元カレって言ってるんですよね。それは、交際中に亡くなったという意味ではなく、亡くなる前に別れていたという、本来の意味での元カレとして言ってたんだな、と。でも、誰もその本来の意味には気付いてくれいないし、自分もそうじゃないよんだよと言い出せない、そんな状態だったんだな、って。

 世間一般的に、一歩を踏み出すことがよいとされているけど、個人的には本当にそうなのかな、とも思うのです。今が居心地がいいなら、それが例え逃げた結果だったとしても、それはそれでいいんじゃないのかな、と。一歩を踏み出すことに勇気がいるのと同様に、一歩を踏み出さないことへの勇気もあるんじゃないのかな、と。

 最後、主人公は一歩を踏み出したのかどうか。私は一歩を踏み出したと思います(三浦貴大の謝罪を聞きに行くと思うしw)が、なんか、主人公の最後の笑顔に少し引っかかったのです。中盤で、三浦貴大が主人公に向かって(主人公の)笑顔がどうこうと(詳細忘れたw)言いますが、なんとなくそれが伏線で、この主人公なら、今の居心地のよさを捨てない=一歩を踏み出さないのではないか、なんて思っちゃったのです。

 元カレは多分自殺したという設定なのかな(この監督の前作は本作ともシネマバースしてるのか)とも思いましたが、私はこの映画からはそうとは感じ取れなかったので、この感想ではそこには触れませんでした。

 

きみへの距離、1万キロ

ネタバレ全開で、disりも全開です。

 


 米国から遠隔操作の蜘蛛のようなロボットを使って、北アフリカの油田周辺を監視する会社に勤める主人公。主に夜勤です。そして、彼女にフラれたばっかりで情緒不安定です(彼女の浮気っぽいけど、まだ未練タラタラ)。

 遠隔監視中に、両親に結婚相手(相手は年の離れたおっさん)を決められて憂鬱なヒロインと、その彼氏の会話を盗み聞きして、勝手に応援することに。ヒロイン(と彼氏)を国外脱出するためのお金を送金したりと、経済的援助も惜しみません。必死のアピールもあってか、ヒロインに怪しまれながらも懐に潜り込むことに成功。

 しかし、彼氏は国外脱出のための資金集めに焦り、油田から石油を盗む仕事を引き受けてしまいます。盗んでいるところがバレて、主人公が操作するロボットが向かいますが、そのロボットを破壊しようとする彼氏。彼氏が石油ドロやってる場面で、地面に漏れ落ちる石油のカットを入れていることから死亡フラグ全開なのは分かりましたが、ロボットを破壊しているときに火花が散って漏れていた石油に引火し、やはりというか彼氏も燃えちゃいます。

 主人公はヒロインに彼氏が死んだことを告げ、ヒロインだけでも逃げることを提案。そして、運命の人は一人だけじゃないと切々に訴え、一年後のパリのとある公園で会いたいと持ちかけます。まぁ、主人公が自分の部屋の壁にヒロインを隠し撮りして印刷した紙を貼ったりしているあたりから、あぁ惚れたんだなぁというのは分かりますが、分かりますが唐突です。この映画の冒頭でフラれた元カノに似てるわけでもないし。

 ヒロインは無事に国外脱出し、パリの公園で主人公とあって、二人抱き合ってエンドです。つか、主人公、行ったこともない外国の公園なのに事前に調べてもおらず公園の広さに驚いていたりとか、時間ギリギリに着こうとしたのか乗車中のタクシーが渋滞に巻き込まれて怒ったりと、色々と頭が残念なんですっていう描写があるんですが、これってワザとなんだろうか。

 兎に角、主人公がキモいです。単なるストーカーです。ヒロインはヒロインで、彼氏が死んで悲しんでるかと思いきや、何故か会ったこともない主人公にすぐに乗り換えという、なんじゃこりゃな映画でした。

 ただ、監視用のロボットはいい。言語翻訳機能も優れているし。翻訳の仕方も色々とパターンがあるみたいですし(穏やかにとかノーマルとかだったと思う)。ほしい、このロボットはほしい(笑)。